【メキシコで活躍する日本企業インタビュー】フマキラーアメリカ 社長 高村 哲夫

日本では知らない人はいない殺虫剤ブランド、ベープ。亜熱帯エリアを擁し殺虫剤の需要も高いメキシコに、命を奪いかねない害虫から人びとを守るという信念の下VAPE(バペ)として渡り10年が経った。
今回お話を伺ったのは、ベープを手がけるフマキラーアメリカの高村社長。徹底的な現場主義を貫き、極小店を含む末端市場をも自身の足で歩き回る。競合大手には真似のできない、幅広い層へ商品の浸透を図るその戦略とは。

「ひとの命を守る、ひとの暮らしを守る、ひとを育む環境を守る」

フマキラーアメリカの沿革と事業内容を教えてください。

日本でベープという殺虫剤で知られるフマキラーは、1890年創業で100年以上の歴史を持つ「大下回春堂」を前身とした会社です。
1920年に今のエアゾールの原型となる「強力フマキラー液」を世界に先駆け発売しました。1963年には世界初の電気式蚊取りベープマットを発売し、ベープの名が世界に浸透しました。2000年に電池式の「どこでもベープ」を、2008年に火も電気も電池も使わない「おすだけベープ」を発売。害虫に効果的なのはもちろん、より安全・安心というコンセプトの下、常に「世界で初めて」のイノベーションを提案してきました。
フマキラーアメリカは、グループの経営理念「ひとの命を守る、ひとの暮らしを守る、ひとを育む環境を守る」の実現を当地でも目指すため2007年に設立され、2017年に創業10周年を迎えました。殺虫剤のベープ線香、ベープマット、ゴキブリ捕獲器メラメラの輸入販売を行っています。

メキシコ進出を決めたのはなぜなのでしょうか。

ひとつは、人口1.3億人の伸びゆくマーケットであること。そして亜熱帯に含まれる南東部や湾岸部に、蚊や害虫に困っている人が多いという事実にビジネスチャンスを見出しました。
フマキラーメキシコではなくフマキラーアメリカという社名にしたのは、将来的にメキシコを拠点にフマキラーをアメリカ大陸全体に浸透させていきたいという思いからです。

メキシコでの殺虫剤の需要について教えてください。

メキシコの殺虫剤市場において、金額ベースではエアゾールが約60%を占めています。次に線香、マット、リキッドと続きます。
低収入層を見ると、エアゾールよりも線香を使う方が多く、その割合は約15%。我々はこの層に焦点を当て、求めやすい価格を実現するとともに営業戦略を立てました。

営業はどのようにされているのですか。

基本的には営業員が歩き回り、市場調査を行います。各エリアの重要な卸業者と直接取り引きをし、その傘下の卸し、さらにその下の一般店、極小店にアプローチして商品の流通を図ります。この、大手メーカーの取らない手法がひとつの戦略です。ブランド力と大々的な宣伝で、スーパーマーケットなどに大量に流通させる方法もありますが、我々は逆に下からマーケットを作っていきます。
極小店などへの調査によると、箱単位で買えない人がその日に必要な分をバラで買いにくるというのです。単にスーパーマーケットに並べているだけでは、商品が全体に行き届かないことを知りました。メキシコには日用雑貨やお菓子などを売る移動市場があるのですが、そこの露天商に商品の説明をし販売をしてもらいます。こうした線香ひと巻き、マット1枚からでも販売してくれる店をひとつの大きな販売チャンネルとし、ターゲットを広げています。サンプリングも行い、ブランドへの親しみを持ってもらい、ある程度収入が上がったら一箱単位で買ってもらえる状況へ繋げられたらと思うのです。
この方法は、インドネシアで大きな成功事例があり、今はアジアの国々でも展開しています。

高村社長も直々に露店などに出向かれるのですか。

はい。営業員が事前に話をつけてきたところへ行き、直々に商談をするのがトップとしての役割です。
良い関係作りが重要で、今では「もうVAPEしか売らない」と言ってくれる露天商もいることがとても嬉しいです。事務所に座っているだけでは何も進みません。営業員とともに市場を作るための行動をとり、成功を少しずつ積み重ねてやっとここまで来ました。

競合他社との差別化はどのように図っていますか。

現状、米系の大手競合が80%のシェアを持ち、とくに線香はその名が当地線香の代名詞になっています。これを崩すべく末端市場を大切にした地道な活動は基本です。
次に、地域に合った商品開発です。例えばメキシコの蚊は日本の蚊よりも抵抗力が強いので、効力の強い処方を行います。登録時に成分を証明したうえで、我々はメキシコで唯一、蚊を殺すという意味の「Mata al Mosquito」という文言をパッケージに表示できるようになりました。
今世界では年間何十万人もの人が蚊が原因で亡くなっています。「ひとの命を守る」という経営理念の下、効き目にとことんこだわった商品の開発を行っています。研究拠点のある日本、インドネシア、マレーシアでは、定期的にエリアごとの課題や消費者の声を調査し、開発に活かします。ただし、殺虫剤には安全性の問題から各国に基準があり、申請から登録までに数年を要します。日本と同じ処方が承認されないケースもあり、当地で受け入れられる処方を考える必要があります。

さらに、日本らしい細やかな目線での商品開発も差別化のひとつです。たとえばジャンボ線香。従来品より20%長く使え、朝方活発になる蚊にも対応します。マットは、個包装にアルミを用いて成分を長く保持できるようにしました。そのほか、プラグが回転しコンセントの向きに対応するマット器具、通電時に光る安全ランプなどがあります。
価格はもちろん、機能性と安全性を追求し消費者の方に実感してもらえるものづくりにこだわっています。

線香ひと巻き、マット一枚からでも販売してくれる店をひとつの大きな販売チャンネルとし、ターゲットを広げています。

ローカルスタッフと働くうえでの苦労はありますか。

今この国の一番の難点は労務管理ではないでしょうか。国民性か文化か、なかなか熱心に仕事をしてくれない傾向にあります。とくに、地方駐在の営業員は行動管理が難しく、日報での虚偽報告が多く、営業車にGPSを取り付けて行動チェックをしています。社員募集では、条件に全く合わない人が多数応募してきたり、職歴も毎年転職しているケースも多く、入社しても3ヵ月の試用期間だけ頑張って、正社員となった途端に仕事をさぼり始めるなど、社員の定着・育成には大苦戦で、過去経験した他国に比べ労務管理の悩みは大きいです。
一方、創立10周年を迎えた2017年、1名の社員に勤続10年の表彰を行うことができました。今年も1名が勤続10年を迎えます。無理な採用を行うより今いる社員を一生懸命教育し、会社ロイヤリティーを取れる人材を大切にしていきたいと考えています。

メキシコはお好きですか?

これまでインドネシア、マレーシア、インドと赴任しインドには7年半と長くいました。メキシコにきて3年半、生活水準や生活物資の入手の面でも、天国のようで非常に気に入っています。
幸い家内がこれまですべての駐在先についてきてくれ、とても助けられています。ただし、治安が悪いのは事実で外出に緊張感をともなうのは難点です。

休日はどうお過ごしですか?

職業柄か、休日はスーパーマーケットなどの売り場を巡るのが好きなんです。家内もショッピングができるので、一緒に行動できます。
店舗に自社の商品が置いていなかったり欠品していたりすると、悔しくなり翌月曜日には従業員を呼んで話します。これを続けていたら、今は営業員が注意して私の行動範囲をフォローしてくれています。売り場を見ると、自社の商品に限らず、どんな商品が売られていてどんなプロモーションをしているのかがよくわかり、それを参考に市場を分析したり、プロモーションのアイデアを練っています。

この先10年の展望をお聞かせください。

今はまだ導入商品が少ないのですが、今後メキシコ全土にエアゾールも含めた商品を導入し、安心して使えるブランドとして浸透させていきたいです。日本にある豊富なラインナップからも商品を導入し、メキシコの人に「VAPEは素晴らしい」と認識してもらいたいですね。まだまだ市場No.1は遠いですが、「殺虫剤ならVAPEだ」 と言ってもらえるポジション作りを意識していきます。
「フマキラーアメリカ」という名前に込められた、アメリカ大陸全体への展開も実現していきたいです。

最後に、メキシコに進出を考えている日本の企業にアドバイスをお願いします。

まずはメキシコを好きになって下さい。
私がここに赴任してもっともびっくりしたのは、やはり労務管理の面です。任期が2∼3年で終わるとなるとローカル社員にも足元を見られると思ったので、「私は10年はここにいるから、諦めろ」と宣言しました(笑)。ローカル社員と良い関係を築き、社員一丸となり会社を作って頂きたいと思います。
治安は少し悪いですが、自分の身は自分で守るというのが海外赴任者の鉄則です。安全管理には十分に気をつけて行動してください。

フマキラーアメリカ Fumakilla America S.A. de C.V. 
社長 Director General
高村 哲夫 TETSUO TAKAMURA

1959年生まれ。関西学院大学商学部を卒業し、大手日用品メーカーで国内営業、海外ビジネス担当、マレーシア現地法人社長を経て、2006年フマキラーに入社。インド現地法人社長としてインドビジネスを約7年担当。2015年4月より現職。
※2018年4月インタビュー時点

Interview:Eri Sano
Photo:Cristian Salvatierra