【アメリカで活躍する日本企業インタビュー】アネスト・イワタ・エアーエンジニアリング 社長 白井 淳夫

全世界に供給しているオイルフリースクロール機は、世界最大規模の年間数万台に上ります。

圧縮機と塗装機器の製造において、創業から92年に渡り業界をリードしてきたアネスト岩田。連結売上高は360億円を誇る。
アネスト・イワタ・エアーエンジニアリングは、北米の圧縮機と真空機器の製造・販売拠点。約6,500台の圧縮機・真空ポンプとそのサービスを北米全域に提供し、2018年現在14億円を売り上げる。
2011年にこの北米拠点の立ち上げという一大ミッションを成し遂げた白井社長にお話を伺うべく、シンシナティのオフィスと工場を訪ねた。

世界最高水準の大幅節電、クリーンな空気、静音性、省メンテナンス性を実現しました。

会社の沿革と事業内容を教えてください。

弊社の前身となったのは、スプレーガンや圧縮機(コンプレッサ)の製造を行っていた岩田製作所という会社です。1948年には岩田塗装機工業株式会社を設立。1996年にアネスト岩田株式会社に改名し現在に至ります。1926年に横浜で創立し、2016年に90周年を迎えました。
事業内容は、圧縮機、真空機器、塗装機器、液圧機器の開発・製造、それら設備の導入です。
現在世界21ヵ国に43拠点の連結子会社と1,624名の従業員を擁し、全世界に供給しているオイルフリースクロール機は、世界最大規模の年間約3万台に上ります。  

2011年2月、当社アネスト・イワタ・エアーエンジニアリングを、アネスト岩田株式会社の100%出資子会社の北米新規法人として設立し、同年4月に事業を開始しました。
シンシナティには既に約30年前からPowerexという圧縮機メーカーとの合弁会社があり、主に医療市場向け製品を製造していました。しかし、最大市場である一般工業分野向けの製品の製造に限界があったため、それらを補うべく当社を設立。とくにオイルフリーに特化した分析器、精密機械、印刷機械、クリーンルーム、さらに食品、飲料、薬品、電気部品、半導体などの製造工程向け製品が強化されました。
また、約20年前から開拓してきた真空ポンプの事業が数年間低迷していたことを受け、販売・生産拠点の設立とサービス網の再構築、現地適合商品の開発が急務となったのも設立の大きな理由でした。

アメリカ市場で展開している商品のご紹介をお願いします。

現在は主に圧縮機と真空ポンプを製造しています。
圧縮機とは、モーターなどの動力を用いて大気の約10倍の圧縮空気を作る装置です。気体は圧縮すると大きなエネルギーに変換されます。身近な例で原理を説明すると、人力のピストン運動で圧縮した空気をタイヤに送り込む、自転車の空気入れと同じです。
圧縮機の用途は多岐に渡り、病院の人工呼吸器や麻酔装置、電車やバスのドアの開閉ブレーキ、コンピューター、携帯電話、家具、郵便局の郵便物仕分け用の機械などにも使われます。食品の鮮度を保つためパッケージに充填する窒素ガスの発生装置にも圧縮空気が必要です。また、スプレーガンなど板金塗装のための機器は弊社製品が日本国内シェア第1位、約70%を占めています。  

真空ポンプは、圧縮機と逆で気体を吸引し空気の圧力を下げる機械です。そのことで熱が伝わりにくくなり、空気の容量が小さくなります。身近では魔法瓶、真空パック、フリーズドライ、吸着パット、プラズマ液晶画面の脱気充填装置、半導体の製造装置などに利用されています。当社の真空機器はNASAからも性能が認められ採用されたほか、放射光や加速器施設、大学研究機関、航空宇宙施設、超 電導施設で使用されています。

製品の特徴を教えてくだい。

当社の圧縮機の特徴は、製造工程においてオイルフリーという点です。圧縮機、真空ポンプともに世界初のオイルフリースクロールを開発し世に送り出しました。
クラスゼロのクリーンな圧縮空気ができるので、食品や医薬品などの製造、病院の機器にも利用できます。音も静かで生産工程や試験施設内にインライン設置ができ、圧縮室や配管の設置が不要なので設備費を大幅に削減できます。  

また、5馬力の圧縮機と8台の電動機のユニットを組み込んだ多台搭載も特徴のひとつです。40馬力の電動機を1台だけ搭載する他社製品に対し、弊社製品は1台故障しても他の7台が作動するバックアップ機構を備えています。
また空気使用量が50%のときも他社製品は40馬力の電力を使用しますが、弊社の電動機は4台のみを動かす制御運転により電力が50%で済み、省エネ大賞を2回受賞しています。メンテナンスも、1万時間ごとにチップシールとグリスの2部品を交換するのみ。
環境規制も厳しいなか、世界最高水準の大幅節電、クリーンな空気、静音性、省メンテナンスを実現した弊社のオイルフリースクロール機は、北米市場にも適合すると確信しています。

スクロール本体 カットモデル

なぜ、全米でオハイオ州のシンシナティを選ばれたのですか。

まず、中西部は日系の大手自動車関連産業が集結しており、工業製品の工場が沢山あるためです。 圧縮機は、生産部品の加工や組立に必要不可欠な設備です。
また、シンシナティは、大都市のシカゴ、デトロイト、コロンバス、クリーブランド、ピッツバーグ、ナッシュビル、インディアナポリス、セントルイスに車で5時間以内でアクセスできる中西部の中心です。これらの都市に拠点を構える多くのお客様のところに比較的短時間で商談に伺え、すぐ製品を供給でき、納入後のメンテナンスサービスも迅速に提供できます。スクロール機の最大の納入先である北米合弁会社もすぐ近くのオハイオ州ハリソン市にあります。
大都市圏に比べ治安も良く、人件費や工場の賃料も廉価で、事業を展開するには優れた条件が揃っています。

アメリカでの今後のビジネスの可能性についてどうお考えですか。

アメリカには事業拡大のチャンスがまだまだあると思います。アメリカのGDPは日本の約2.5倍、そして市場規模は一国でヨーロッパ全体とほぼ同等に近いことからも、ビジネスにおけるポテンシャルは非常に高いと言えます。
創業以来、米系企業様との取り引きを主としてきましたが、一昨年から日系企業様との取り引きが徐々に増えてきました。中国と比べても、アメリカに進出している企業数は多いので、今後事業を拡大するうえでは重要な国だと思います。

8台の5馬力のユニットが組み込まれた40馬力多台搭載機

弊社の場合、商品のスクロール自体が高いオリジナリティーを持っています。

米州での今後の展望は。

中期計画として、お客様の満足度を高めるべく大型機種の導入とカスタマイズ製品の開発を強化します。生産効率の大幅な改善、即納体制の整備、開拓地域の拡大とフィールドサービスの充実、装置メーカーや大学研究機関、R&D市場の開拓強化と事業拡大も課題です。
拡大基調にあるメキシコ市場は、日系企業を中心に強化を進め、関税との兼ね合いもありますが、生産部品の現地調達による原価削減も検討しています。また、ブラジルにも4年前に合弁会社を立ち上げましたが、政権交代による経済の回復が見込まれ、ポテンシャルは高い地域です。アメリカからの技術支援を強化し、とくに医療向け製品の開発・導入を行いさらに拡大を図る方針です。クリーンな空気を必要とする食品、医薬品、分析器やヘルスケア産業の市場開拓も積極的に進めていきたいと思います。

白井社長の、現在に至るまでのお話をお聞かせください。

入社当時は開発部門に所属し、主に圧縮機の設計と試作試験を行っていました。
6年後、新型圧縮機開発のプロジェクトチームに異動し、世界初のオイルフリースクロールの市場投入に携わりました。その製品は、上市された1991年当時多数の特許を有しており、約10年間競合製品が出現しなかった画期的な構造で、今でも競合は数社です。
1994年、北米の合弁会社に社で初めて技術者としての海外赴任をし、約5年間スクロールの技術提供と医療向け製品や一般工業ユニットの開発を行いました。その会社は今や約40億円を売り上げる企業に成長し、年間約5,000台のスクロールポンプを供給しています。
1998年に帰任し、海外事業部で圧縮機の海外販売課長としてアジア・北米を中心に世界中を飛び回ることなりました。2005年には中国市場開拓のため、上海へ。2008年に帰任し、真空ポンプの販売課長として、日本や欧州・北米を中心に市場開拓と事業拡大を推進しました。2011年から3度目の海外赴任でここに来て、現職に至ります。

仕事でもっとも苦労されたことは。

海外部時代も出張ベースで立ち上げに携わりましたが、一からの会社立ち上げはこれが初めてでした。
工場の設立、設備の導入、製品立ち上げ、採用や訓練、市場開拓、販売 網作り、財務、税務、基幹コンピューターシステムの導入などゼロから行いましたが、想像を超えた苦難がありました。  

まず、各製品の構成・仕様は日本と同じですが、重量や体積、圧力などの単位が日米では異なり、板金の厚さやネジ径も違うため新規設計や大幅な修正が必要でした。電装品関連はUL規格の認証を必要とし、日本の基盤制御や電装品を一切使用できないことが判明。専門技術者を雇ってUL認定工場の資格証明を取得しました。アメリカにおける20馬力以下の製品として主流のタンクマウント機という機種は、弊社のスクロールにはなく、新規設計とラインの立ち上げも必要でした。販売への寄与が極めて大きいためこの立ち上げは急がれ、休日返上で作業し想定より短期間で成し遂げることができました。  

また、平均雇用期間が短い国ゆえ、人材の 定着率の低さにも苦労しています。弊社にも 設立当初雇用した社員は今ひとりもいません。 技術の継承ができず、納期が厳しいときは日本 人技術者が入って間に合わせている状況です。工程や担当者を完全に分割し、各ステージに 完璧な作業標準を作成して、人が変わっても 対応できる体制に改善する計画です。

日系企業がアメリカで成功するうえで必要なものは何だと思いますか?

アメリカは世界最大の市場である反面、最も競合が多いというデメリットもあります。その状況で戦うには、他社にない商品やサービスの特性と強み、オリジナリティーが必要です。
弊社の場合、商品のスクロール自体が高いオリジナリティーを持っています。現地規格への適合と、現地生産による即納体制、迅速なサービスの提供は非常に有効で、お客様から高い評価をいただいています。

最後にアメリカに進出予定の日系企業にメッセージをお願いします。

中西部に限らず日米では多くの違いがありますが、そのなかでとくにひとつ挙げるなら雇用の問題、働き方に対する考え方が日本とは大きく異なっています。
アメリカには終身雇用制度はありません。常に自分にとってより良い条件を求め、短いスパンでもすぐに転職をします。平均勤続年数は日本に比べとても短いと思います。継続した長期間のプロジェク トに携わっている途中で突然退職する人も珍 しくはありません。そのような考え方がメジャーである以上、経営者側はそれを理解して受け入れ、先を見据えた雇用を行わなければならず、まさに雇用管理能力が問われます。
こうした価値観や考え方の違いをよく理解し、対策を練ることが必要不可欠だと思います。

アネスト・イワタ・エアーエンジニアリング ANEST IWATA Air Engineering Inc. 
社長 President
白井 淳夫 ATSUO SHIRAI

法政大学工学部卒業。1981年、技術者としてアネスト岩田に入社し、世界初のオイルフリースクロールの開発に携わる。1994年、北米の合弁会社に派遣され、スクロール技術を提供。2005年上海の現地法人に副社長として赴任。2011年、シンシナティに北米の圧縮機と真空ポンプの製造・販売拠点を設立すべく赴任し現職に至る。

Interview:Mika Nomoto 
Photo:Airi Jones
※2018年10月30日取材