【アメリカで活躍する日本企業インタビュー】ナムコUSA 社長 齋藤 陽史

我々の商品は単なるゲーム体験ではなくかけがえのない「モーメント」です。

バンダイナムコグループは世界最大級の総合エンターテインメント企業であり、幅広いエンタメ事業を手がけている。
アメリカにおけるアミューズメント施設の企画・運営を主に行うNAMCO USA INC.は、全米で約1,000ヵ所にのぼる施設を運営。
2018年4月に社長に就任した齋藤陽史氏に、旗艦店である総合エンターテインメント施設「パックマンエンターテインメント」(シカゴ)の戦略転換を含めた全社的改革について話を伺った。

アメリカで行われたビデオゲームキャラクターの認知度調査で、パックマンは1位でした。
※Davie-Brown Indexより

事業内容について教えてください。

バンダイナムコグループは、エンタメに関してかなり幅広い事業を行っているのが特徴です。
グループ全体で約6,800億円の売上があり、家庭用やスマートフォン用ゲームのほか玩具や文具などの企画から販売、アミューズメント施設の運営、映画などの映像音楽プロデュース事業や、キャラクター事業まで、エンド・トゥー・エンド(端から端まで)で揃っている、エンタメ業界において世界的に見ても非常にまれな企業です。他にこのような幅広いエンタメ事業を行っているのはウォルトディズニーくらいだと思います。  

同グループの一員である弊社は、アメリカにおけるアミューズメント施設の企画・運営を行っています。
運営する施設の数は約1,000ヵ所。大規模な施設もあれば、3台ほどゲーム機が置いてあるような小規模なものもあります。消費者向けの事業を行う日系企業で、全米に約1,000ヵ所もの事業所がある企業はあまりないと思います。

ゲーム施設、パックマンエンターテインメントの入り口

パックマンエンターテインメント(シカゴ)はどのような施設ですか。

150台以上のゲーム機のほか、ボウリング場、レストラン、スポーツバー、イベントルームを備えた超複合エンタメ施設です。
ただゲームをプレイするだけではなく、ボウリング、スポーツ観戦、飲食、弊社ならではの店舗イベントなどを楽しんで、かけがえのないひととき=モーメントを過ごしてもらうことにフォーカスしています。
例えば有名な話では、スターバックスは家、職場に次ぐ第三の場所を目指しており、コーヒーはあくまでもそのためのツールで、快適なひとときを提供することに最も価値を置いていると言われています。
我々も、お客様が本当に求めているものは単にゲームをすることではなく、家族や友人と過ごす楽しいひとときだと考えています。そのモーメントを何度でも体験してもらいたいという思いを込め「リプレイ・ザ・モーメント」という言葉をコンセプトとして掲げています。

ゲームの内容においては、一緒にやって楽しめる、競争して楽しめるゲームを多く取り揃えています。アメリカの人びとはチームとして団結するのも好きだし、競うのも好きという両面を持っているからです。
また、こういった施設にある飲食店は出来合いの冷凍食品を解凍して提供するだけというようなところも多いですが、ここのレストランの料理はすべて手作り。ピザも生地からこねて作っており、カジュアルなレストランですが質にこだわっています。
また、イベントルームは多目的に使えるボールルームのようなものからラグジュアリーな雰囲気のものまであり、プライベートのパーティーから企業イベントまで、さまざまなシーンで利用できるスペースになっています。

齋藤社長が就任してから改革されたポイントを教えてください。

私が行った戦略転換の大きなポイントは、機能的価値軸で言うと、施設内にエンタメ体験の要素を増やしたこと。情緒的価値軸では、全米で圧倒的な認知度を有するパックマンを使ったリブランディングの徹底です。
ゲーム機の台数を増やし、スポーツバーを新設するなど、施設のエンタメコンテンツのバリエーションをぐっと増やしています。シカゴにはアメリカ4大スポーツのすべてのチームがあるため、スポーツ観戦は欠かせないエンタメです。
また、以前は施設名を「レベル257」としており、ビデオゲーム好きの間で知る人ぞ知る場所でしたが、「パックマンエンターテインメント」と改名し、認知度の高いパックマンを前面に出してリブランディングを実行。
我々はエンタメ提供会社として、常にお客様にとって最終選択肢のひとつに入ることを目指しています。どのブランドが選ばれるかという戦いでは、認知度の高いパックマンを前面に出すことで、まずはシード権で決勝戦に残れると想定。同時に、色々なキャラクターを活用したコラボレーションを企画しSNSを駆使して発信、来店促進施策も走らせ、決勝での勝ち切りを目指す。くわえて、最高の店舗体験を提供し続けることで、リピート率を最大化し、お得意様になっていただくことにも注力しています。

以上のような戦略を実行するうえで、ターゲット層も広げました。大まかに言うと、子どものいる「ファミリー」と、子どものいない大人のグループ「ソーシャル」という幅広いふたつのセグメントを狙っています。
以前はソーシャルだけをターゲットにしていたので、ショッピングモール内に位置しているにも関わらず、あえて入り口をモールと接続せずファミリーが来店しづらい設計にしていました。そこをモール内からもアクセスできるよう大工事を行い、モールに来店するファミリーも入りやすく整備。
ただ、ソーシャルの人たちはファミリーと過ごす場が一緒になるのを嫌うことも分かっていましたので、ファミリーとソーシャルで顧客体験を分けられるように、ゾーニングを工夫しています。スポーツバーは、ソーシャルのお客様が楽しむゾーンとして作りました。
このような戦略転換を通じて、施設の売上アップに成功しています。

施設内にあるレストラン

80年代のゲームキャラクター、パックマンを使ったブランド戦略とは。

パックマンを起用したことは、情緒的価値の創造における基礎です。
2020年、パックマンが誕生して40周年を迎えます。認知度が非常に高く、アメリカで行われたあるビデオゲームキャラクターの認知度調査で、マリオを抑えてパックマンが1位にランクインしています。94%のアメリカ人が世代を超えてパックマンを認知しているということです。パックマンを起用したのは、このブランドを最大限活用するための、当然とも言える戦略的な選択です。
ただ、パックマンゲーム自体の基本設計は元祖の設計を踏襲しているため、店舗体験をパックマンゲームにフォーカスすると古臭いと受け止められる可能性が高いという課題がありました。そこで、店舗体験自体は常にアップデートをしてエキサイティングなものを提供する。認知度の高いパックマンをホスト役にして、ゲストを招いて集客をし、そして最高の店舗体験を提供すること でブランド資産をさらに蓄積していくという戦略を設計しました。
このパックマンの活用の仕方を芸能界で例えるなら、タモリさんを挙げることができます。タモリさんのイグアナの芸は、現在は番組の目玉にはならないかもしれません。しかし、既に番組は終了してしまいましたが、「笑っていいとも」では、タモリさんの知名度を活かして色々なゲストを招き、タモリさんがゲストと絡むことで楽しい番組になっていたと思います。
メインゲストの配役を考えるなら、その時に高パフォーマンスを持つキャストを選択するでしょう。例えばアイドルで言えば、それはおニャン子クラブ、モーニング娘。、AKB48といったように、時代の流れとともに変化します。
施設事業は初期投資も大きいため、長期的に運営することでリターンを稼いでいくビジネスモデルです。パックマンを起用したのは、長きに渡って支持される施設として運営を継 続・拡大していくためです。

物は有限ですが、記憶は残る。一期一会のモーメントを大切にしたいです。

施設運営のほか、どのような事業に力を入れていますか。

先に述べた、パックマンがホストになり、旬のゲストを招いて展開していく仕掛けをパックマン・アンバサダー・プログラムと呼んでいます。この施策のもうひとつの狙いは、企業とのコラボレーションを行うことで、お互いの顧客ベースを共有し事業拡大をしていくということ。
現在は、紀伊國屋書店と連携して「ドラゴンボール」の最新映画の公開に合わせたポップアップ店舗の展開、期間限定で「レッドブル」の缶がパックマンデザインになる企画や、ユニクロではパックマンTシャツを販売しています。コラボした商品は、施設内で販売したり、ゲームの景品にしたりして活用しています。
また、コスプレイベントの運営会社CHICAGO C2E2のイベント会場として、2017年からパックマンエンターテインメントが毎年使用されています。次回は会場提供のみでなく一般公開をして、来場者が大会を観たり、一緒にゲームを楽しめるようにし、ともにイベントを盛り上げていく予定です。

リーダーシップを取るうえで大切にしていることはありますか。

「現場現物」「率先垂範」「ビジョンの共有」の3つです。
「現場現物」に関しては、私はこの施設を週に3回は訪れ、スタッフたちに色々と要望を伝えています。ほかの地域部長たちとも毎月電話会議をし、現場にも頻繁に足を運んでコミュニケーションを取っています。
「率先垂範」は、上位層が自ら動くこと。まず自分がやることを心がけています。例えば、現場の掃除や機器のメンテナンス、現場スタッフからのヒアリングや戦略の落とし込みのコーチングです。
「ビジョンの共有」については、「お客様に焦点を当てる」ということを、どれだけスタッフに腹落ちさせられるか、ということ。「我々の施設事業は何のためにやっているのか」「お客様に楽しいひと ときを過ごしてもらうために、自分達は何ができるのか」と常に問い続け議論をし、それをスタッフ達の新しいDNAとすべく、密なコミュニケーションを構築し続けています。

座右の銘を教えてください。

「一期一会」ですね。人との出会いも、出来事も、人生に一度しかありません。
「モーメント」というのは、私自身の信条でもあります。結局、物は有限で、美味しい食べ物も食べたらなくなりますよね。でも、楽しいひとときを過ごした記憶は残りますので、そこに価値があ ると思っています。
一期一会のモーメントのために、日々きちんと準備をして、人生に一度しかない時を大切にしたいと思っています。

今後の展望を教えてください。

エピックという名称だったゲーム施設も、ゲームと軽食が楽しめるパックマンカフェというカフェ業態に転換し、売上は前年比約70%アップになりました。
大幅な戦略転換とブランディングをしたことで、シカゴのパックマンエンターテインメントも、パックマンカフェも旗艦店が成功しているので、次は多店舗展開をしていきます。中西部を皮切りに徐々に西にも東にも展開していく予定です。
さらに、パックマン・アンバサダー・プログラムで立ち上がっている色々なコラボレーション企画を実現させていきます。  

プライベートにおいては、私は旅が趣味で学生時代にはバックパックひとつで海外旅行をしていました。ヨーロッパに6年ほど住んでいた経験もあり、これまで訪れた国は40ヵ国ほど。せっかくアメリカに赴任したので、家族も連れて、全米をもっとくまなく旅したいです。

NAMCO USA INC. 
代表取締役社長 President & Chief Executive Officer
齋藤 陽史 Kiyoshi Saito

1990年ソニー(株)入社後、ロンドン、アムステルダム、北京、日本において、セールス&マーケティングを担当。ソフトバンクモバイル(株)統括GM、日本マクドナルド(株)執行役員、(株)ジュピターテレコム(J:COM)GM、デル(株)執行役員、エイミア・ジャパン(株)カントリーマネジャー、トランス・コスモス(株)常務執行役員を経て2018年4月より現職。ロンドンビジネススクールMBA/米国公認会計士(イリノイ州Certificate)。

Interview:Kaori Kemmizaki 
※2018年11月28日取材