【子育て便利帳 特別インタビュー】西大和学園オンライン補習校 / 谷口弘芳校長

西大和学園 カリフォルニア校
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西大和学園中学校・高等学校(奈良県)で計12年間、学年主任および数学科教員として大学受験指導に携わり、また渉外室主任として同校の入学試験運営や生徒募集も担当。2018年、カリフォルニア校(全日制日本人学校)の教頭に就任し、海外子女教育および日本の帰国子女受験関連に従事。補習校(土曜日対面授業)のロミタ校舎数頭も兼務し、アメリカに永住する子どもたちに高いレベルの日本の教育および日本語、日本文化の学びの場を提供し続けてきた。22年4月にはさらなる多様なニーズに応えるべく開校した「西大和学園オンライン補習校」の校長に就任し、オンライン完全双方向ライブ授業形式での教育提供に尽カしている。より多くの地域に補習校教育を提供することが現在の目標。

どこにいても純日本の教育が受けられる環境を用意しています

奈良県に本拠点を置く中高一貫校西大和学園。
2023年、同学園カリフォルニア校の平日校は30周年、補習校は20周年を迎えました。
アメリカ西海岸唯一の全日制日本人学校として、常に先頭を走ってきたカリフォルニア校が
次に取り組むオンライン補習校という新しい形の学校について、
校長の谷口宏芳先生に話を伺いました。

 

ー カリフォルニア校を設立した経緯は?

本校会長の田野瀬良太郎は、大学時代に33カ国を巡る一人旅をしました。日本の西大和学園では開校当初から、田野瀬が海外で刺激を受けたように、中学3年生に学んだ英語を活かせる場を設けようと毎年アメリカ研修を実施しています。そんななか、わが校の会長が現地にお住まいの方から「(現地で生活する)自分の子どもが日本のことをどんどん忘れていってしまう」と相談を受けたのです。英語はできるようになるけれど、日本の勉強がどんどん心許なくなっていくということです。それならば、西大和学園の教育をアメリカでもやってはどうか、と考えたのがカリフォルニア校設立のきっかけです。

ー 奈良県にある本校は進学校ですよね。カリフォルニア校からの転・編入は可能ですか?

平日校であるカリフォルニア校だけ、奈良の中高に特別推薦枠を設けています。この制度ができる前に 一般入試を受けて転・編入した例はいくつかありますが、実際にこの制度を使って転・編入したのはこれまでに1人だけです。希望はしたけれど残念ながらその制度に当てはまらなかった子もいました。それから、オファーはあったけれど「しっかり試験に受かって合格を勝ち取りたい」と制度を使わなかった子もいました。その子は十分な実力があり、卒業後は東大に行きましたね。

ー オンライン補習校を始めて1年経った感想は?

総じてニーズと合致してうまくいっていると思います。ただ、(オンラインでは教えるのがやや難しい)漢字を「書く」ことに関しては、ご家庭それぞれに苦労があるようで、学びにより達成感が感じられるように先生たちが工夫をしてくれているところです。また、できれば義務教育の終わり、中学3年生まではオンライン補習校の対象を広げていきたいと考えています。今はコネティカットやテキサスから授業に参加している子どもたちもいますが、例えばコネティカットだとカリフォルニアとの時差が3時間ですよね。でもその子は1年間やり遂げたんです。なので今後も東海岸からの希望者が増えてくれば東部時間で授業ができる先生を探して、その時間帯での授業も広げていきたいです。そのくらいの意気込みでいます。

ー実際に需要見込みのあるエリアは?

今もマーケティングを進めている途中ですが、世界中に日本の教育を満足に受けられていない子どもたちはかなり多くいるだろうと予想します。コロナ禍で一気に学校の概念が変わりました。子どもたちが学校に来られないためオンラインで授業をせざるを得なくなりましたが、私たち管理職は構想はあっても、現場の先生たちにとってはそれこそパラダイムシフト(その時代の規範となる考え方や価値観などが大きく変わること)ですよね。保護者は最初、「やっぱり学校は対面でなきゃ」という感じでしたが、だんだん「オンライン授業も意外と悪くないのでは」というように変わってきました。

先生という職業は最高ですよ。わが校はオンラインで日本の学校と同等の
教科書教育が受けられますので、子どもの未来が無限に広がると思います

ー あえてオンラインを選ぶことも?

そういうご家庭もあります。ただ、いろんな習い事を掛け持ちしているためスケジュールがタイトで、移動時間が取れないというパターンが多いです。オンライン補習校に入学する際は面接があるのですが、車のなかから面接に臨む子どももいます。将来の選択肢を広げるためにいろんな習い事に取り組んでいるんだな、という感覚はありますね。

ー このビジネスモデルは増えていく気がします。

そうですね。例えばオンライン補習校でも、うちは保護者のニーズをしっかり読み取ることを大事にしています。先ほど漢字を「書く」ことについて触れましたが、つい最近、保護者の方から「子どもが漢字の学習で苦労していますが、どうしたらいいですか 」というご相談を受け、担任の先生からすぐ私に報告が上がってきました。(オンライン補習校の開校から)2年目ということもあり、学校にとってもこれは重要な問題だろうと思い、すぐに全ての先生を集めて会議を行いました。まず、子どもたちの授業中の様子や取り組み姿勢、学習効率などを共有して、子どもの漢字学習についてどういう工夫ができるかを話し合いました。そこで出てきたのは、子どもが「分かるぞ」と達成感を持てるような仕掛けがないので、そこを改善しようという意見でした。正しい授業はしていますが、もっと子どもたちの実態に即して、また保護者の声を敏感に捉えて授業に反映していこうということです。こういうポイントを毎回外してはいけないというのは肝に銘じていますし、これが子どもたちの学力向上に直結するのではないかと思います。

ー 対面授業とオンライン授業では、学力の差は生まれると思いますか?

今の質問を聞きながら、僕は頭のなかにグラフを思い浮かべました。対面の場合は正規分布となります。きれいな山の形です。一方で、オンラインの場合は逆の曲線を描いているという実感があります。合う子は合うし、合わない子は合わない。二極化と言ってもいいかもしれません。これは日本の西大和学園をサンプルにしていますけれど、伸びた子、伸びなかった子と分かれますね。まだ今はハイブリッド時代で、対面でもできるけれどあえてオンラインを選ぶということもありますが、今後はオンラインのほうがさらに伸びると評価が変わってきて、もっと自由に選択する時代が来るのではないかと思います。

ー 車もそうですが、ハイブリッドは今、変わり目ですよね。

駐在で来られている方でも、(リモートワークをするようになり)仕事の仕方が変わったとおっしゃいますよね。オフィス出勤が減って在宅がメインになったと 。オンラインを取り入れたことにより作業効率が上がる人と下がる人がいるのは、大人だけでなく子ども一緒です。新しいことをうまく取り入れられる人とそうでない人が分かれるというか。変わることを恐れる人もいますが、それこそ文科省がグローバル人材として育てなさいという「3.0時代」という人たちは、変わることが前提です。常識が突然今日打ち砕かれて、「明日からはこうやります」と言われても、状況を打破し、より良い状態や環境をつくり上げていく人が求められているのです。

青空の下でのびのびと学べる環境のカリフォルニア校

ー 世の中が急速にIT化するなかで、教育現場で必要なイノベーションとは?

まず、ITを活用する意味というのを教育者も分かっていなければいけないと思っています。平たい言い方をすると、効率化ということでしょうか。昔は黒板に先生が何か書いて「はい、じゃあ考えましょう」という進め方でしたが、あれは時間がかかりますよね。しかし今はデジタル教科書が導入されて、瞬時に問題が映せるようになりました。子どもたちにとっては、待ち時間が減って思考する時間や議論する時間を取れるようになったといえます。授業のIT化を日本では「GIGAスクール構想」と呼びますが、これがIT化の本質だと考えると、IT化には限界があるのではないかと思うのです。アメリカは日本の数育のだいぶ先を行っているといわれますが、それでも100% IT化して、全員がデジタルペンで文字を書くなんていうことはないわけで。ということは、子どもの思考、それから議論、そこにどれだけ時間を割いてあげられるかが最終目的であるとすると、(現時点で) 十分それは達成できているのかなと思います。うちの児童・生徒たちもすごいですよ。「ここに画像をドロップして共有しておくから」と、クラウドを平然と使いこなします。説明するまでもなくクラウドの概念を分かっていて、データの共有もできて。クラウドを使って授業のスライドなどを共同作業でつくるということを、今の子どもたちは普通にやっていますね。

 

先生が漢字を板書するという固定概念から私たちは早く脱却する 、
そういうイノベーションも必要だと思っています。

 

ー 最近話題のチャットGPTについてはどうお考えですか?

避けられないですよね。あれで作文を書く、レポートを作成する、エクセルシートの土台をつくるなんていうのは絶対に避けられないことなので、いかに教育現場に馴染ませてそれを活用し、許容していくかということが重要だと思います。イノベーションとは、技術以外の面でもパラダイムシフトというか、慣れていって考え方を変えていかなければいけない、そういうものだと私は思っています。

補習校のなかで、永住者の保護者からよく「漢字を書く練習なんか要らないのでは? 全部タイプすれば出てくるじゃないですか?」と質問を受けます。コンピューターがタイプミスや「てにをは」の間違いなんかも指摘してくれますし、いずれAIが紙に書いた漢字の「書き」の間違いもリアルタイムに指摘するようになるでしょう。「書き」をどこまで求めるかはオンライン補習校の先生たちともちょうど議論しているところで、今までのように先生が漢字を板書するという固定概念から私たちは早く脱却する、そういうイノベーションも必要だと思っています。

ー コロナの前後で、どのような変化がありましたか?

全日制のほうでは大きな変化として、児童数が減りましたね。安全を考慮して日本へ帰るという選択をされたご家庭や、事業の縮小によって帰任の命令が出た駐在のご家庭もあったのではないかなと。いろんな煽りを受けて3割くらい減りましたが、今は少しずつ戻ってきています。一方で、補習校はあまり変わらないですね。特にうちは比率としては永住者のほうが割と多くなってきているのも影響していると思いますが、人数はほぼ変わっていません。

カリフォルニア校校歌は作詞・糸井重里、作曲・矢沢永吉のタッグが制作

ー 谷口先生から見た、教育現場における日米の違いとは?

私の限られた経験のなかで言えることとしては、できるようになるまで見届けるのがわが校の教育です。アメリカは、提示した、見せた、言った、その後はご家庭そして子ども自身の責任になります。この辺りが最も違うことかなと思います。良くも悪くも自己責任がアメリカ、できるまで先生が見届けるというのが日本でしょうか。あとは、もっと大きい視点で言うと、日本は学習指導要領があって、もちろんアメリカにも各州の基準が用意されていますが、日本は学習指導要領の価値観がかなり重要視されているなと、特に公立校では思います。日本はどんな地方でも都会でも、公立校であれば均質かつレベルの高い教育を受けられます。アメリカは先生の得意なことは得意だけれど、知らないことは知らない。小学校でも、担当科目以外の質問には答えられない先生もいます。「先生知らないから」みたいな(笑) 。日本の先生は指導要領を元に調べて、なんとか「こうだよ」と答えようとしますよね。その辺のムラがどれくらいあるかが大きな違いだと思います。日本はプログラマー教育というか、ちゃんと原理や中身を理解して教えようとしています。アメリカは「こうなってるんだから、とにかく使いこなそうよ」というようなユーザー教育というか。そんなイメージですね。

ー 貴校の場合、先生も駐在と永住の2パターンがいて難しいのでは?

日本から駐在ビザでアメリカに来ている先生たちは、補習校教育には苦戦する傾向にあります。すごく表面的にやり方だけ教えて、国語だったらもっと読み込ませたい、もっと議論させたい、算数だったらなんでこうなるかもっと説明したい、応用的な使い方を教えたい…。こういう葛藤がありますが、補習校はどうしても過に1回なので、アメリカ的な教え方になってしまう部分はあります。ただ、そこで子どもたちをいかに集中させるかは先生方の腕の見せ所ですし、わが校の先生たちは非常にうまくやっています。

 

より多くの家庭に何とか日本の教育を届けたい
という思いは、カリフォルニアにいて温めてきました。

 

ー 国際結婚によるハーフの子どもたちがますます増えていくと思います。教育面での変化は?

イノベーションの話と同じように、もっと垣根は無くなっていくと思います。あらゆる人たちが、「この国の教育システムがうちの子には合うから、この国の教育を受けさせたいよね」という考え方に十年二十年後は必然的になっていくと思いますので、ハーフの子どもたちというよりは、日本に縁がない外国の子どもたちも日本の学校に入ってくるようになるのではないでしょうか。

ー そういった意味では教育面でもビザが壁になりそうですね。

そうですね。そこで、私たちはオンライン補習校が必要になってくるかなと思っています。兼ねてからオンライン校の構想はありました。というのも、アメリカにいると日本の教育を届けられる範囲は本当に狭いんです。仕事の都合だったり、結婚して日本人がいない地域に引っ越すなど環境の問題だったり、いろんな状況があって、そういうご家庭にも「日本の教育を受けさせたいな」という思いがあるはずです。そこにニーズがあるし、より多くのご家庭に何とか日本の教育を届けたいという思いは 、カリフォルニアにいて温めてきました。

ー 西大和学園の最大の強み、特徴とは?

日本の西大和学園から脈々と受け継がれている、子どもを預ける保護者のニーズ、そして社会のニーズを外さないということです。独りよがりにならない。ここが強みだと思います。もちろん授業の質が良いとか、先生の質が良いとか、それは当たり前のことです。

ー 谷口先生が目指すアメリカでの日本の教育とは?

自分の学年の教科書が読める、内容が理解できるというレベルの日本語教育は引き続き提供していきます。私たちが目指してるのは、急に帰国することになっても困らないよう、日本と同じレベルの教育をアメリカで提供することです。ITのイノベーションがあって、いろんな国、そしていろんな考えの人が「アメリカでこういう教育を受けたい」と思ったときに、私たちは「こういうものを提供できますよ」と言えなければいけません。これは使命だと思っています。

西大和学園のオンライン補習校は、どこにいても純日本の教育が受けられる環境を用意しています。また、週に1回の授業でそのカリキュラムを学んでいくのは簡単ではありませんが、子どもがやるという覚悟を決めたら、ぜひ保護者の皆さんも同じ覚悟を持っていただき、私たちも一緒に歩んでいきたいと思っています。

子育て便利帳 Vol.6 本誌掲載
撮影:檀 拓磨
2023年5月3日取材