【メキシコで活躍する日本企業インタビュー】東京海上メキシコ保険会社 CEO 岡本 和典

世界各国に展開し、人々の暮らしや事業に「安心」を提供し続ける東京海上。メキシコでは2019年、法人化25周年を迎える。治安やインフラにまだ不安のあるメキシコで、リスクマネジメントの重要性を説き、日系企業の活躍を最大限バックアップしている。
従業員のモチベーション向上の先に会社の成長を見据え情熱的に取り組むのは、CEOの岡本氏。その精神力の源とは何なのか、メキシコシティーのオフィスでお話を伺った。

目に見えない商品を扱う分、それに携わる従業員の主体性、情熱が大切です。

東京海上メキシコの沿革について教えてください。

1973年に駐在事務所を設立し45年が経ちました。現地法人にしたのは1994年のことで、2019年で25周年を迎えます。
はじめは日系企業様向けの保険を提供するところからスタートしましたが、近年は地元メキシコのお客様にも保険を提供し、その割合は30%を占めるまでになりました。
社員はケレタロの拠点も含めて合計140名程が在籍し、駐在員は私を含め7名です。

事業内容や扱う保険の種類について教えてください。

保険種目はさまざまで、企業向け保険が約90%を占めます。大きく分けると損害保険では倉庫や工場、事務所の火災保険、物流の保険、そして賠償責任保険を、生命保険では企業向けの団体生命保険を扱っています。
また、駐在員の増加にともない個人向けの保険も増えています。住宅の火災保険や自動車保険のほか、火災保険の特約としてのゴルフ保険も扱っています。さらに、日本からの駐在の方が医療保険などの代わりに加入される海外旅行傷害保険のメキシコでの日本語での事故対応も行っています。

メキシコ市場の開拓、営業はどのようにしていますか。

値段は大切ですが、値段だけで勝負をせず、物流のロスプリベンション(損害防止サービス)や工場の防災アドバイスなど、高度なノウハウや経験を活かしたサービスを提供しています。
事故があった時にできるだけ早く適正にお支払いをすることは当然ですが、お金だけで解決できないことも多く、事故自体が起こらないことがお客様にとっては重要です。このような事故を未然に防ぐためのサービスやアドバイスを弊社は得意としています。今年から、事故軽減策を提案する事故対応専門の駐在員をひとり増員しサービスを強化しており、そういった部分は競合の欧米系やメキシコの保険会社よりも手厚いのでメキシコのお客様にも高い評価を頂いています。
営業部隊は日系企業様向けとメキシコ企業様向けに分けており、メキシコ企業様向け営業メンバーを中心に各部門に優秀なメキシコ人のローカルスタッフも増えてきています。
東京海上には、できるだけ現地の優秀な人材を採用し、社の企業文化、フィロソフィーを理解して定着してもらいたいという方針があり、真剣に取り組んでいます。

メキシコの離職率は非常に高いと聞きました。労務関係の苦労などはありますか。

実は今そこにもっとも力を入れています。保険会社は目に見えない商品を扱う分、携わる従業員の主体性や情熱が大切で、真剣にお客様のために考え行動することが何より重要と考えています。
利益はお客様に選んで頂いた結果最後についてくるもの。つまり「世のため人のため」であり我々は「ビヨンド・プロフィット」と呼んでいます。利益は空気のようなもので、無くなると生きていけない大事なものですが、我々の生きる目的は呼吸をすることではありません。東京海上にとってその目的が「世のため人のため」なのです。利益のその先を目指そうという共通認識を世界中の拠点で持ち、給与で人を引き止めるだけでなく、企業文化やコーポレートビジョンを皆で議論して従業員のモチベーションと定着率の向上を図っています。メキシコでも全従業員で会社のビジョンを議論し再定義しました。

また、役職や部門を問わず「私たちの存在意義」、「働く意義や目的」を考え、意識するよう働きかけています。それらが見えてくると主体性や情熱に繋がります。これを弊社グループでは「To be a Good Company(グッドカンパニーを目指して)」と呼んでいます。
メキシコ赴任前は本社でそのフィロソフィーを考え、とくに海外での浸透を図る役割の部門に所属し、色々なプロジェクトに携わりました。メキシコでは直属上司との定期的な一対一の面談・コーチングや、満足度調査、リーダーシップ研修などに取り組んでいます。その成果か従業員の定着率もこの2、3年で劇的に上がりました。
利益が上がっても、従業員の満足度や定着率が低ければ意味がありません。何かの縁でここのトップを任されている限り、これは私の最大のミッションです。とくに駐在員には、駐在期間にこの先ずっとメキシコのお客様や従業員から選ばれる会社を皆で創り、代々未来へ繋いでいこうと伝えています。

今後に向けてどのような戦略を立てていますか。

東京海上グループ全体で、2018∼2020年の3ヵ年計画というものを作り、メキシコにおいては3つの戦略を立てています。
まず、日系企業様・現地企業様向けともにオーガニックグロース、つまり足元の成長を図ることです。
次に、グループ企業とのシナジーや現地大手保険会社などとのアライアンスです。東京海上グループ全体の収益は日本国外が全体の5割と近年は急速に海外で成長しており、アメリカなどでも大型の保険会社を数千億円の規模で買収しています。実は、最近買収したアメリカの会社と、今色々なアライアンスを組んでおり、メキシコではまだあまり普及していないアメリカ発の保険商品を導入する予定です。
3つ目は、コロンビア、ペルー、パナマ、ベネズエラ、チリなど中南米戦略を強化していくことです。弊社の場合、これらの中南米諸国をメキシコで担当しています。

何かの縁でここのトップを任されている限り、従業員の満足度や定着率を上げていくことは私の最大のミッションです。

メキシコ特有の保険商品について教えてください。

とくに物流時や倉庫での盗難や事故など、治安や物流インフラに起因する事故が非常に多く、メキシコに進出された日系企業は苦労されるケースも多いです。日系企業のアメリカ向け輸出は非常に伸びていますので、我々がお引き受けしている物流の保険も比例して伸びています。我々は、事故発生時のお支払い以前に、できるだけ事故が起こらないよう、過去の多くの事例から得た運送会社の問題や、盗難や事故が起こり易い時間帯、ルートといった情報をお客様に提供し、事故削減策を講じることに力を入れています。本来の保険金支払い業務にくわえ、ロスプリベンションはとても大事な業務なのです。
くわえて、買収したアメリカの会社と共に取り扱っている新商品の例として、D&Oという保険があります。“Directors and Officers(役員賠償責任保険)”の略で、アメリカで既に広く浸透しており、メキシコでも増加している、企業の役員が訴えられたケースに備えるための保険です。今後、時代のニーズに合わせた新商品の開発を予定しています。

スペイン語がご堪能ですが、どこで学ばれたのですか。

研修も入れると9年間赴任していたスペインのバルセロナで、ゼロから学びました。メキシコでの3年と合わせて12年間スペイン語環境で生活していることになります。一緒にスペインにいた妻はスペイン語を話し、長女もバルセロナ生まれです。長男、長女ともにスペイン語、英語を学ぶ環境におり、せっかくなのでこのまま伸ばしてあげたいと思っています。
また、スペイン語を話せない社員が赴任するときは、ホームステイをしながら学校に通ってもらったり、熱心な人は毎朝スカイプレッスンを受けるなどして学ぶ機会を持っています。まったく話せなかった人がスペイン語でプレゼンできるようになったりすると、面白くてさらに勉強も進むようです。

座右の銘はありますか。

“Today is the first day of the rest of your life”です。私の尊敬する社長が常に言っている言葉なのですが「いつでもスタートできるから前向きにやっていこう」という意味で す。
私はフルマラソンを何度も走っていますが、マラソンもこの言葉に通じています。42キロの道のりで、30キロまでは調子が良くても、残りの10キロで何があるかわかりません。長い人生、調子が良くても浮かれず、悪くても諦めず、一喜一憂しないこと。毎朝走っているのですが、すべてから解き放たれて自分ひとりで色々なことを考えられる良い時間で、健康にはもちろんメンタルにもとても良いです。

これからメキシコに進出する日系企業にメッセージをお願いします。

メキシコは、生活面で大変なこともありますが、それを上回る良いところがたくさんあり、ビジネスの市場としても間違いなく面白い国です。実際に来てみると、伸びゆく勢いやたくましさに触れ、悪いイメージが覆るパターンが多いと思います。
大事なのは、日本の考え方を無理に押し付けず、メキシコの文化を否定しすぎないことです。メキシコにはフレキシブルでクリエイティブ、そしてポジティブな人が非常に多いので、そういうプラスの面を上手に引き出すことです。我々も日本に向けてメキシコの良さをどんどん発信していきたいと思っています。

東京海上メキシコ保険会社 Tokio Marine Compañía de Seguros, S.A. de C.V 
CEO / Director General
岡本和典 KAZUNORI OKAMOTO

1992年、東京海上火災保険(株)入社。7年間の国内営業を経て、海外留学。2002年∼2010年の8年間スペイン・バルセロナに駐在(イタリア・ミラノのオフィスを兼務)、帰国後2010年∼2015年に東京海上ホールディングス・グローバル人事部門に所属。2015年からメキシコに家族4人とともに赴任。趣味はフルマラソンでこれまでに20レース以上を完走し、ベストタイムは2時間55分。2018年はボストンマラソン、LAマラソンを完走した。
※2018年5月インタビュー時点

Interview:Hisashi Abe
Photo:Cristian Salvatierra