ブロードウェイ上演6年目に突入!「Kinky Boots」の魅力

ニューヨーク便利帳
編集部
佐野 絵梨
ニューヨーク在住歴:6年

こんにちは。編集部の佐野です。
今日は、私の大好きなミュージカル作品を紹介します。

今やその作品名を知らない人はいない人気ミュージカル、キンキーブーツ。2005年に公開された同名の映画が原作のこの作品は、2013年にブロードウェイで上演が始まりました。
開幕後間もなく爆発的ヒットを記録し、同年のトニー賞ではミュージカル作品賞を含む6部門を受賞。ブロードウェイ上演5周年を迎えた今も、その人気は衰えることを知りません。いつまでも耳に残る、明るくてまっすぐな楽曲の作詞・作曲を手がけるのは、シンディー・ローパー。
そして、この作品のプロデュースで、ブロードウェイ・プロデューサーの川名康浩氏が、日本人として初めてトニー賞を受賞されました。

私はキンキーブーツが上演されている劇場Al Hirschfeld Theatreに、この3ヵ月で2回足を運びました。理由はいたってシンプル、元気がほしかったからです。

あらすじ ※ネタバレあり

イギリスの田舎町、ノーザンプトンに生まれたチャーリー・プライス。彼の家庭は代々、地元で靴工場「プライス&サン」を経営してきました。チャーリーは、不動産業での成功を目指し婚約者のニコラとともにロンドンに引っ越しますが、その矢先に父親の急死を知らされます。ノーザンプトンに戻り、工場の経営状態の悪さを目の当たりにしたチャーリーは、4代目として父の後を継ぐことを決意します。しかし、毎日製造するのは昔から変わらぬ古めかしい革靴ばかり。早速壁にぶつかっていたとき、パブの帰り道でナイトクラブのダンサー、ローラに出会います。ローラは迫力満点のドラァグクイーン。チャーリーは、妖しいナイトクラブの舞台裏で、「ドラァグクイーンの命でもあるハイヒールは、高価なのに脆いものばかり」というローラの嘆きを聞きます。

その後、解雇を告げた従業員のローレンから、そんな手段でしか工場を守れないことへの忠告とともに、ニッチなマーケットを開拓するというアイデアを得ます。これにより工場に招待されたのは、ローラとそのバックダンサーたち、エンジェルズでした。チャーリーは、ドラァグクイーン向けのブーツの製造を決意し、ローラをデザイナーに任命したのです。ローラや工場の皆と作り上げたそのブーツの呼び名は「キンキーブーツ」。真っ赤でセクシー、他になないとびきりおしゃれな一足目が完成し、全員が狂喜乱舞します。ミラノで行われるショーへの出品計画も持ち上がり、倒産寸前だったプライス&サンが、少しずつ再生への道を歩み始めたのです。

©Matthew Murphy

2幕では、工場の古くからの従業員で、ローラをあまりよく思っていないドンとの軋轢が描かれます。ふたりはある日、ボクシングで決着をつけることを決めます。ローラはその試合中彼を窮地に追い込むも、最後はあえてドンに勝利を譲ります。その代わり「ありのままを受け入れること」をドンに提案するのです。

ミラノで行われるショーに向け、従業員へも厳しい態度で接し続けるチャーリー。やがて妻や従業員、ローラとの間にはどんどん溝が生まれ、みんなが彼の元を離れていきます。しかし、途方に暮れていたとき、チャーリーに好意を寄せいつもかげで支えてくれたローレンに促され戻った工場で、驚くべき光景を目にします。出て行ったはずの従業員たちが、給料も返上してショーのための準備を進めていたのです。そこにはドンの姿も。さて、ミラノでのショーの行方とは。最高のクライマックスへと向かいます。

工場のベルトコンベアで歌って踊る!

靴工場を舞台にしたこの作品。舞台セットにも靴の製造ラインが登場します。このベルトコンベアを巧みに生かしたダンスを取り入れたナンバーが、キンキーブーツの完成をみんなで祝う、“Everybody Say Yeah”。2013年のトニー賞授賞式でも披露されたこのシーンは、同作品のプロモーション動画や写真にもよく使われているので、皆さんも一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。
歩きにくいベルトコンベアの上で歌って踊るこのシーンが出来上がるまでには、かなりの時間を要したのだとか。工場のありふれた光景を、豪華なワンシーンに変貌させたこの演出は見ものです。

なかなか超えられない父の存在

チャーリーとローラはひょんなことで出会い、少しずつその人生を交差させていきますが、もともとまったく違う世界で生きてきました。そんなふたりに共通していたのは、父親との関係。

強い男に育つようにと、ボクシングの厳しいトレーニングを受けさせられてきたローラ。ある日、ドラァグクイーンの姿で試合に行き、父から勘当されました。父の望むような男になれなかった親不孝な息子だと自分を責めたこともあるが、自分らしい生き方を貫くことに人生の答えを見出したとチャーリーに語るナンバー、“I’m Not My Father’s Son”。本名が「サイモン」であることも、このときに告白します。いつも元気なドラァグクイーンのローラとはギャップのある、とてもジーンとくるシーンです。

そして、父の死という予期せぬ出来事に、突然工場を継ぐことが決まったチャーリー。たくさんの葛藤のなか、必死で父から継いだ工場を立て直すべく突っ走ってきましたが、待っていたのはみんなが離れていってしまうという現実でした。自信を失い、父の偉大さを思い知り、工場を継いでほしいという父の期待を裏切って家を出たことへの後悔などがわきあがります。挫折と心の叫びを歌った“The Soul of a Man”は、拍手喝采の注目曲です。

別の場所でまったく違う人生を歩んできた、似た者同士。チャーリーとローラは、こうして少しずつ心の繋がりを生んでいくのです。

©Matthew Murphy

ドラァグクイーンを通して描かれる人生の光と影

この作品を語るうえで外すことができないのは、ローラの存在感でしょう。その登場シーンは、見ている誰もが一気にテンションを上げる瞬間です。筋骨隆々のしなやかな身体に、派手なメイクと女性用の衣装をまとい、エンジェルズと呼ばれるバックダンサーをしたがえて激しく歌い踊ります。会場から、はじめに黄色い声援が上がるのもこのシーン。

ミュージカルにはよく、ローラのようなドラァグクイーンたちが登場します。私のお気に入りは、1980年代のニューヨークのイーストビレッジを舞台に、若者たちの青春を描いた作品RENTに登場するエンジェル。派手な女装に身を包み、直感を信じて刹那的に生き、友人たちに無償の愛を注ぐキャラクターです。

しかし、エンジェルがいつも大胆不敵に明るく振舞う裏で、当時不治の病とされていたHIVに感染し深い闇と向き合っていたように、同じくローラが父親との関係にずっと苦悩を抱きながら生きているように、その人の放つ光が強ければ強いほど、濃く暗い影も存在するもの。大きな悲しみや苦しみを受け止めて笑う強さと、揺るがぬ個性に溢れた生き方が彼らの魅力なのです。

愛すべきドラァグクイーンたちを通して描かれる人生の二面性。自分の運命を自分らしく生きていくことの価値を私達に再確認させてくれる存在です。

©Matthew Murphy

注目のキャスト

7月17日~9月9日は、アメリカの人気オーディション番組「アメリカンアイドル」のシーズン7の勝者、デイビッド・クック(David Cook)がチャーリー役を演じています。今年の4月以来の再登場です。

ローレン役には、WickedのグリンダやRock of Agesのシェリーといった、いずれも明るく元気な役を好演したキャリー・セントルイス(Carrie St. Louis)が起用されています。

©Matthew Murphy

そして、私がハートを射抜かれたのは、ローラ役のJ.ハリソン・ジー(J.Harrison Ghee)。彼のためにローラの役があると言っても過言ではないくらい、ローラの魂を全身に宿して熱演しています。その堂々とした立ち居振る舞いと、煌びやかなオーラをぜひ堪能してください。

©Matthew Murphy

キンキーブーツは、元気がないときの特効薬。
劇場を出た後、歌を口ずさんでしまったら、それは心の充電が完了した証拠です!