【アメリカで活躍する日本企業インタビュー】YKKコーポレーション・オブ・アメリカ 社長 ジム・リード

日系企業であると同時に、1950年代から海外進出を果たしている国際企業でもあるYKK
その名はファスナーの代名詞として世界中で知られているが、多岐に渡る分野でイノベーションを実現し、躍進を続けている。その根底には日本のものづくり精神と、創業者吉田忠雄氏による教えがあるという。
地域にしっかりと根ざすと同時に、自社で定めた全世界基準のコンプライアンスの遵守、また環境・安全への取り組みを行なっているというが、その背景をジョージア州マリエッタのオフィスでうかがった。

オープン、フレンドリー、誠実といった言葉で表現されるアメリカ南部の気質は、日本にルーツを持つYKKの経営理念との相性がとても良いのです。

ジョージア州進出の経緯を教えてください。

ファスニング製品、および建材メーカーであるYKKは、1934年に日本で創業し、またジョージア州で事業設立を遂げた最初の日系企業です。
1959年のニュージーランド進出を第一歩とし、海外展開を積極的に進めてきました。1960年のニューヨーク営業所開設を皮切りに全米進出に乗り出し、1970年に営業所を置いたのがアトランタです。70年代にはアトランタ南東部のメーコンに製造工場を設け、一貫生産体制の運用を開始しました。

立地決定の決め手は何でしょうか。

創業者の吉田忠雄は立地決定の際、当時のジョージア州知事、後の大統領となるジミー・カーターに出会い、信頼関係を深めるなかで、この地に根を張ることを確信したと聞いています。
当時、アメリカの南東部にはジーンズ生産をはじめとする多くのアパレル工場があり、アトランタ周辺に製造・販売拠点を置くのは理に適っていました。
現在YKKは世界各国・地域に多くの拠点を置いていますが、これは顧客と地理的に近くにいる必要があるからです。

アトランタ都市圏にある、このマリエッタ・オフィスの役割はおもにどういったものなのでしょうか。

YKKグループは、71ヵ国/地域で事業活動を行っており、世界の事業エリアを北中米、南米、EMEA(ヨーロッパ・中東・アフリカ)、中国、アジア、日本の6極に分けています。
このオフィスは北中米グループの統括会社として、カナダ、米国、メキシコ、中米、コロンビアにある事業会社12社を管轄しています。そして北中米の本社機能として、それぞれの会社への経営支援と専門サービスの提供を行う役割を担っています。

アトランタに拠点を持つ利点を挙げてください。

コカ・コーラ、ホーム・デポ、メルセデス・ベンツ、ポルシェといった企業が北米の本拠を置いていることからも分かるように、アトランタには国際企業が求める環境が揃っています。
ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港は多くの路線を持つハブ空港ですし、ジョージア工科大学やジョージア州立大学、また近年評価を上げているケネソー州立大学などから優れた人材を確保で きるのも、大きな魅力でしょう。

メーコンを工場地として選んだのはなぜですか。

メーコンは地域コミュニティーが当初よりとても協力的だったうえ、緑溢れる恵まれた環境です。
YKKには「森」になぞらえた経営理念がいくつかあり、例えば「森林集団」というものがあります。これは一本一本の木が自立しながら大きな森林を形成するように、YKKグループの一人ひとりが皆で手を携えて一緒に大きく育つことを目指しています。
このメーコンにある工場は緑の中にいくつもの工場設備が並び、言うなれば「森の中のキャンパス」のようで、まさにこの思想を表現した環境となっています。

ファスニング事業の現在について教えてください。

90年代以降、アメリカ国内のアパレル業が生産拠点を国外へ移すにしたがい、我々のファスニング事業も国外生産にシフトしていきました。一方、新たなアメリカ国内市場を開拓し、自動車マーケットに訴求することにも成功しました。
製品は多岐に渡りますが、代表的なものは車の座席に使用されています。車のシートには実は多くのファスナーが使われており、縫い目が外部から分からない工夫がされています。座席の後背部には従来プラスチックパネルが貼ってあるのが一般的ですが、その代わりとして装着面には我が社の「コンシールジッパー」が使用されており、車両の軽量化にも貢献しています。

「善の巡環 ー 他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」という創業者である吉田忠雄の企業精神が、今なお息づいています。

YKKというとファスナーのイメージが強いですが、YKK APの建材事業についても教えてください。

建築部材を扱う事業を行うYKK APは80年代よりアメリカでも販売を行い、1991年にはYKK AP America Inc.を設立し、ジョージア州のダブリンに工場を開設しました。この事業はそれ以来拡大し続けています。
近年の取り組みとしては、2015年完成のジョージア州立大学法学部校舎(写真)が挙げられます。環境面に留意した厳しい建築法規に沿う必要性があったため、YKK APによる複層ガラスが採用されました。屋内外の熱が伝わらないため、暖房効率をアップし、大幅な節電が期待できます。

ジョージア州立大学法学部校舎

YKK グループがアメリカでも成功を収めている理由について、どうお考えになりますか。

メーコンの工場では一貫して強い生産基盤が保たれていることが第一にあります。
転職者の多いアメリカでは驚くべきことですが、ここでは多くの従業員が40年以上も勤続しており、これはYKKの経営理念への評価によるものだと考えています。
我が社には日本文化と創業者吉田忠雄の教えが今なお息づいています。「オープン、フレンドリー、誠実」といった言葉で表現されるアメリカ南部の気質と、経営理念との相性が良いからでしょう。

その経営理念について教えてください。

YKKグループでは彼の哲学でもあった「善の巡環 ー 他人の利益を図らずして自らの繁栄はない」という企業精神を掲げています。これは彼が若かりし頃、実業家アンドリュー・カーネギーの著作から着想を得たものなのです。
その思想は、企業も社会の一員であり、その企業が経営者に利益をいかにもたらしたかではなく、社会に利益をいかにもたらすかという部分にこそ価値がある、というものです。我々はコミュニティー、従業員、顧客、サプライヤーのすべてに利益を還元し、すべてのエコシステムが健全でなければいけないという使命を常に持っています。
我が社のジッパーは最高品質だと自負していますが、顧客のニーズに合わせ10万色のバラエティーを提供し、価格を抑える努力も怠っていません。

従業員数の目安、日本からのスタッフの数とその任務を教えてください。

このオフィスには34名、北中米グループとしては約2,700名、またYKKグループ全体では約4万5,000名のスタッフがおります。
管轄の北中米グループでは、およそ100名の駐在スタッフが日本などから来ています。その多くがエンジニアであり、日本のものづくり精神、研究開発のノウハウといった知的リソースを伝達する役目を果たし世界に誇る高品質を保つ努力を続けています。

メーコン市と姉妹都市である黒部市との関係とは。

YKKの本社は東京にありますが、主要製造拠点のある黒部市は我々にとってホームタウンのような場所です。1977年に我々はメーコン市と黒部市との姉妹都市提携を促進し、以来、高校生の交換留学や医師の交換研修プログラムを実施しています。また1998年にはYKK APの製造施設のある宮城県大崎市とジョージア州ダブリン市との姉妹都市関係が結ばれています。
私自身が大学時代に日本に留学をし、それが人生のなかで大きな経験となったこともあり、高校生が日本に行き価値観が大きく揺さぶられるような経験をすることは、大変素晴らしいと考えています。

現在力を入れている市場はどこでしょうか。

先に挙げた自動車産業ではイノベーションを続けており、ファスナーそのものだけでなく、その素材や生産工程、環境に配慮した塗料を使うなどの試みも行っています。また、赤ちゃんの紙おむつに付いた面ファスナーという着脱テープ資材のマーケットも伸びています。
YKKグループのR&Dセンターのうちのひとつはメーコンにあり、彼らの研究成果が高く評価された結果だと考えています。

これからアトランタで生活を始める方々にアドバイスをお願いします。

アトランタは国際都市でありながら、南部特有の魅力であるホスピタリティーを失っていないため、きっとあたたかく迎えてくれることと思います。さまざまなビジネスやライフスタイルの選択肢があるだけでなく、皆が家庭を大切にし、子育てにも格好の場所です。この気風を残しながら、都市としてもより進化していくでしょう。
生活のアドバイスとしては、弁護士、不動産エージェント、銀行家など、優れた専門のアドバイザーをいち早く見つけるのが大事ではないでしょうか。

YKK Corporation of America President Jim Reed
大学卒業後、ロースクールで法律を学ぶ。弁護士としての法務経験を生かし、2009年YKKコーポレーション・オブ・アメリカに入社、法務部チー フに就く。2017 年には同社プレジデントに就任。北中米を管轄し、ファスニング事業と、建材をおもに扱うYKK AP事業のそれぞれのトップとチームワークをとり、管理部門としてコーポレートガバナンスや法務、財務、福利厚生、保険、リスクマネジメントを行う。
※2018年3月インタビュー時点

Interview : Takayuki Kawajiri