上智大学イスパニア語学科卒業後、メキシコに渡 航。1968 年、メキシコのイベロアメリカ大学労務 管 理 学 科 卒 業 。 1 9 6 8 ~ 1 9 7 3 年 、メ キ シ コ 日 産 の社長秘書兼文書秘書課長。1976 年に法律 事務所Takimoto, Cortina, Farell y Asociados, S . C . を 立 ち 上 げ 3 9 年 間 代 表 を 務 め た。 2 0 1 6 年2月にJIGYOU SUPPORT STRATEGY社を設 立。1993 年に経済協力貢献者賞(通産大臣賞)、 2017 年に春の叙勲で旭日双光章を受ける。
45年以上日墨ビジネスの架け橋に 日系企業の経営・人事管理をサポート
メキシコ在住歴 51 年。45 年以上、現地で日系企業の経営コンサルティングを行ってきた滝本昇氏。 2016年にJIGYOU SUPPORT STRATEGY社を設立し、2017年には日系ビジネスの発展に貢献したとして 国家勲章を受けた氏に、日系企業が現地で円滑にビジネスを行うための心得を語っていただいた。
─JIGYOU SUPPORT STRATEGY 社を立ち上げた経緯を教えてくだ さい。
私は上智大学でスペイン語を学んだ後、留学でメキシコに来ました。イベロアメリカ大学卒業後にメキシコ日産で社長秘書を務め、その後会計事務所で日系企業の労働環境改善や法務に関するコ ン サ ル テ ィン グ を 開 始 。 1 9 7 6 年 に は法律事務所Takimoto, Cortina, Farelly Asociados, S.C.を立ち上げ、75歳まで代表を務めました。退社後も引き続き東京海上日動の取締役や、ヤクルトの監査役など、何十社もの日系企業の役員を務め、 多くの相談を受けていました。そこで、前 は、労働法も全く異なるうえに、制度やの法律事務所と競合しない形でみなさん の役に立てる事業ができないかと考え、 2 0 1 6 年 2 月 に 人 事 や 労 務 、職 場 環 境 整 備を中心に行う同社を設立。アメリカを はじめとする海外の企業では、人事管理 に外部の専門家を雇うのが一般的です が、日本の企業はすべて社内で行う。海 外拠点を出したときも、人事の専門家を雇 う必要はないと考えがちですが、それは 大きな間違いなのです。
─メキシコと日本の人事の違いとは。
メキシコに拠点を出した日系企業が ま ず 驚 く の は 、人 の 入 れ 替 わ り の 早 さです。月に全体の約8%ほどの社員が 離職する会社も珍しくありません。メキ シコ人は一度技術を身に付けたら、キャ リアアップにつながる会社や、より待遇 が 良 い 会 社 を 探 し ま す 。 こ れ が 、日 本 人との最も大きな労働価値観の違いと 言えます。 日本にある大企業は基本的に終身雇 用ですから、人事部は離職率のことなど 心配せずに仕事ができます。でもメキ シコでは、人事部が現地従業員の入退 社手続きに追われて、まともに仕事がで きない。なので、専門家に頼んだほうが効率が良いのです。メキシコと日本では、労働法も全く異なるうえに、制度や法律が頻繁に変わる。政権交代も多く、2018 年 7 月の大統領選挙では与党 PRI (制度的革命党)の候補が敗北し、左派 政党と言われるモレナ党のロペス・オブ ラドール氏が大統領に選出されました。
─政権交代による労働法への影響 はありますか。
モレナ党は労働法改革を重視していま す 。 2 0 1 8 年 9 月 、北 米 自 由 貿 易 協 定 (NAFTA)の再交渉に伴い、メキシコ、カナダの3カ国は新協定「米国・メ キシコ・カナダ協定(USMCA)」に合意しま し た 。 こ の 協 定 の 第 2 3 章 に は 、国 際 労 働機関(ILO)の団結権及び団体交渉権条 約( 9 8 号 )を 批 准 し 、メ キ シ コ に お け る 団体交渉権を強化するという内容が盛り 込まれています。この条約は労働者に 結社の自由を認めたもの。メキシコはこ れまでこれに批准していなかったため、 労働問題などが極力抑えられていました。 今後は企業が労働組合と交渉していく必 要が出てきます。
─日系企業で最近多い労働トラブルは何ですか。
最近はセクハラの話が多いですね。 セクハラは、メキシコでもどんどん厳しく なってきました。加害者の従業員はだい たい解雇になります。また、被害者が「セ クハラを容認した」と会社を訴え、会社が 罰則を受けるケースもあります。メキシコ における女性の地位は年々向上していま すし、女性がセクハラで提訴することも珍 しくありません。
─メキシコ人と働くうえで気を付けるべきポイントとは。
いかにモチベーションを与えて、満足して働いてもらうかが重要です。上司がガ ミガミ言うのではなく、成果を出した社員 には褒賞金を与えたり表彰したりして、や る気を引き出す。しかしこれは非常に難 しく、ただ優しく接するだけでは社員が強 気になります。まさに「アメとムチ」の使い分けが肝心ですね。 あとは、こちらの人は分からないことを 恥じる傾向があり、「分からない」と言わ ずに分かったふりをすることも良くありま す。イエス、ノーをはっきり言わず、本心 を言わないことも結構あります。 そしてメキシコは汚職絡みの問題が多 い。新政権で問題視されていますが、こ こは金権社会。金持ちになればなるほど 良い暮らしができると、子どものころから 教え込まれている影響からか、脱税などが非常に多いです。これはアメリカや日本の比ではありません。
─離職率を下げるコツはありますか。
それは、メキシコ人が心地良く働ける職場環境をつくり、彼らのハートを掴むこと。 給料を上げることよりも大切なのは、彼ら の愛社精神を育むことです。やはり人間 ですから、給料だけではつなぎ留められ ません。そのためには、年に1、2度家族ぐ るみのパーティーを開くと良いです。メキ シコ人は家族を非常に大事にします。日 本の企業は特にイメージが良いため、会 社のパーティーに家族を呼ぶと、社員は 自尊心を満たすことができます。親戚に 自慢できるくらいです。 あと、日本は公共サービスが発達してい ますが、メキシコには全く公共サービスが ありません。例えば、子どもが学校で大け がをしても先生は助けてくれず、父親が助 けに行かなくてはいけない。また、核家族 化が進んでいるので、家で火事や事故が 起きたときも、頼るのは父親です。仕事を 中断して家族を助けに行った従業員に文 句を言う日本人がいますが、そこはメキシ コ社会を理解しないといけません。以前、 仕事中に子どもが大事故に遭って助けに 行ったら、「日本人上司に職場放棄だと言 われて叱られた」と、メキシコ人に涙なが らに訴えられたこともありましたね。
─日系企業が人事マネジメントを円滑に行うには。
ある日系工具メーカーは離職率が月 0 . 5 % 以 下 で 、日 本 の 本 社 と 変 わ り ま せ ん 。 監査をしているヤクルトも離職率が非常 に低い。メキシコで 20、30 年と長く続い ている日系企業は、安定した人事のスタイ ルを確立させているので、新しい企業はそ のような企業から学んでいくと良いと思い ます。メキシコ人が日本人マネジャーの 片腕となり、メキシコ人従業員が何を望んでいるのかをマネジャーに伝えることでう まくいっているケースもあります。日本には技術、資本があり、メキシコには 安価な労働力がある。日本とメキシコは補 完的な関係にあることは間違いないです。その関係を理解してうまくマネジメントをしている日系企業は、業績も良いですね。
─滝本さんがメキシコで苦労したことは何ですか。
メキシコの慣習を理解することに、ず いぶん時間と労力がかかりました。それ から、法律が頻繁に変わるので、時代の 変化に追いついていくことには今でも苦 労しています。常に勉強していないと、 知識がいつの間にか古くなってしまう。 時代に置いていかれないように、LINE や W h a t s A p p な ど の ア プ リも 全 部 使 っ て います。それから、スペイン語でも非常 に苦労しました。上智のイスパニア語学 科 を 出 て 、こ ち ら の 大 学 で 4 年 間 勉 強 し ましたが、それでも完璧にはなれません。 スペイン語は非常に深い言語だと思い ます。ですから、通訳のスペイン語も完 璧ではないと考えたほうがいい。特にデ リケートな話をしたときは、通訳に言われ たことをうのみにせずに必ず裏を取るこ とが大切です。
─今後の展望を教えてください。
これからは新規企業ばかりでなく、す でに進出している日系企業がより良い企 業になるようなサポートも手厚くしていき ます。ベテランの優秀なメキシコ人社員 が、今後もずっと会社に残ってくれるとは 限りません。人事管理部は、彼らに今後 も働き続けてもらうために人事制度を更 新しなくてはいけない。そこに我々が入っ てコーチして行きたいと思います。
─これからメキシコに進出する日 系企業や駐在員に向けてアドバイスを。
やはり治安は良くありませんので、現地 の人をむやみやたらに信用するのではな く、慎重に行動してください。そして、これ から赴任される方は、基本的な研修制度 をしっかり受けてきてください。独学が難 しいのであれば、こちらに来てからでも構 いません。メキシコ人の生活スタイルや こちらの制度を学ぼうとせずに、日本の常 識に当てはめて考えていてはうまくいきま せん。我が社としては、そういった初期研 修も事業のひとつとして行っています。2 日間ほどでしっかり指導することができま すので、ご要望があればいつでもご依頼 ください。長年蓄積してきたノウハウを、 みなさんのビジネスに役立てていただけ たら幸いです。
Interviewer: Hisashi Abe
Photographer: Cristian Salvatierra
Editor: Kaori Kemmizaki
2019 年 4月4日取材
ご意見箱フォーム