President
中川孟(なかがわ・つとむ)
1984年東都生まれ、2006年中川化学装置入社。入社後、生産技術部(当時)にで国内案件や海外楽件(中国、ベトナム、インドネシア、アメリカ、パキスタンなど)を主として経験を積み、14年、29歳でメキシコ事業を一から始める。25年から日本本社社長とメキシコ法人社長を兼任。時差に悩まされながらも精力的に活動中。老後はカンクンでの移住を目指す。
Nakagawa Chemical Equipment Mexico, S.A. de C.V.
Av. Rio Segura, 161-B Parque Tecno Industrial Castro del Rio, 36814, Irapuato Gto
Tel (462) 623-3447
手間がかかるからこそ、
愛着が湧くという面白さがある
排水処理設備は、環境保全の観点から製造現場に欠かせない装置であり、法規制や排水の性質・排出先に応じて仕様が異なるため、現場ごとのオーダーメイド設計が必要だ。創業58年の中川化学装置は、その技術力をもってメキシコ法人を立ち上げ10年。日本で培った丁寧なものづくりが評価され、現地でも着実に存在感を高めている。
ー 事業概要とメキシコ進出の経緯は。
当社は東京都文京区に本社を置く、排水処理設備のメーカーで、2025年に創業58年を迎えました。排水処理設備は環境法規に適合するための装置で、法規制が強化されると新たな需要が生まれます。ただし一度導入されると長期間使われるため、法整備が一巡すると国内需要は減少します。そうした背景から、当社も海外市場への展開を検討し、メキシコ進出を決断しました。初めてメキシコを訪れたのは2014年10月2日。実はその前日に到着する予定でしたが、アメリカでの乗り継ぎ便が欠航となり、足止めを受けるという波乱のスタートだったため、よく覚えています。また、メキシコ法人では、排水処理以外にもメーカーとして造水設備の製作も行っています。
ー メキシコを選んだ理由は。
当社は、需要があればどの国にも進出する方針で、当初はメキシコの他、カンボジアとミャンマーも候補に挙げていました。そのなかで最初に会社を設立できた国に自分が赴き、実力を試したいと考えていました。当時、カンボジアは外国資本に厳しい規制があり断念。ミャンマーとメキシコで並行して準備を進めた結果、メキシコが2カ月早く法人を設立できたため、メキシコ行きを決定。当時私は29歳。言葉も通じず、現地の運転免許もありませんでしたが、その間にも設備はすでに導入されています。重い工具やパソコンを担いで、タクシーや高速バスで何時間もかけて現場を回る日々が続きました。今思えば過酷でしたが、日本で製作した装置を分解して輸出し、メキシコ側で組み立てとアフターフォローをするというビジネスモデルだったため、それが唯一の選択肢でした。そんな時期を経て、グアナファトに事務所を構えたのは2015年。17年には事務所の広さを2倍に拡張し、その翌年には工業団地に移転。さらに、工場を借りて拡張を進め、現在に至っています。

「苦労を顔に出したら、周りまで暗くなってしまいますからね」。事業の立ち上げの苦しい時期も、持ち前の明るさで乗り越えた中川氏
ー 主な顧客層とオーダーメイドである理由は。
主なお客様は自動車関連メーカーです。当社の装置がすべてオーダーメイドである理由は、各国・各地域で排水に関する法律や基準が異なるためです。例えば、同じ国でも州によって規制内容が異なることがありますし、排水の排出先が海・川・下水のいずれかによっても、求められる処理レベルが変わってきます。また、お客様が製造している製品によって排水の性質も異なります。バンパーを製造しているメーカーと、ホイール(リム)を製造しているメーカーでは、使用される薬品や排水に含まれる成分がまったく違うため、それぞれに合わせた装置設計が求められます。そういった理由から、当社の装置はすべて1件ずつカスタマイズして設計・製作しています。この他、日本では面白い排水処理も行っており、ホタテを扱う水産加工業者や墓石の加工業者など、ユニークなお客様もいらっしゃいます。ホタテを洗った水は栄養素が多く、未処理で海に流すと赤潮の原因になるため、排水処理設備が必要になります。また、墓石の光沢を出すために薬品を塗布した後も、その洗浄水を処理する必要があり、当社の装置が活用されています。
ー オーダーメイドの難しさや面白さとは。
オーダーメイドの難しさは、やはり手間がかかるという点です。イメージとしては、スーツを一着仕立てるような感覚に近いですね。単にサイズを測るだけでなく、ボタンの色や裏地の素材など、細部の選択や打ち合わせが必要になります。また、その内容を実際に形にできるのかどうか、技術的な判断も必要になります。同じものを大量生産するだけなら既存の図面を使い回すことができますが、オーダーメイドは毎回一から図面を描き起こさなければなりません。私たちは、同じ装置を二度つくったことがないくらい、1件1件がすべて異なる設計です。どうしても手間はかかりますが、だからこそ愛着が湧くという面白さもあります。自分の手で地道につくり上げていったものをお客様が満足してくだされば、私たちもうれしい。そこに、この仕事のやりがいを感じています。
ー 印象に残っている案件は。
サンルイスポトシの日系メーカーからのご依頼です。排水処理・水処理・リサイクル設備の3種類を納品しましたが、特に印象深かったのがリサイクル設備です。これは工場から流れてくる排水を処理し、その処理水を生産ラインで再利用できるようにするものです。排水後の水は一見きれいでも塩分濃度が高く、そのままでは再利用できません。特に金属加エでは錆の原因になり、精密な処理が必要です。こうした技術は非常に難易度が高く、現地企業では対応が難しい分野であるため、当社が引き受けなければ、きっとお客様も困っていたと思います。難しい案件でしたが、無事納品でき、お客様にもご満足いただけたことが強く印象に残っています。
ー 入社からこれまでの経緯は。
入社後はまず現場で技術業務を担当しました。排水を化学的にどう処理するかを考え、装置として形にし、現場で組み立てて検証するという一連の流れを学ぶには、現場経験が不可欠だからです。実は入社初日に「パスポートはあるか?」と聞かれ、翌日には中国の現場に配属。入社2日目に上海集合という急な海外出張となりました(笑)。その後は処理方法の選定や装置の設計を行う計画部門へ異動し、営業にも関わるようになりました。家業ということもあり、「逃げられない」という気持ちと同時に「何でも挑戦しよう」という思いで取り組んできました。最初の2年間はほぼ無休で、仕事がない日も他の現場に同行して経験を積みました。装置のメンテナンスは停止期間に限られるため、連休はむしろ繁忙期。土日も現場に出向き、がむしゃらに働いていた時期です。

メキシコ工場のスタッフたち。日本人エンジニアを中心に、確かな技術で品質を支える(提供写真)
ー 会社が長く続く秘訣は。
まずは「1つ1つ、コツコツと積み重ねてきたこと」だと思います。先輩方も私の世代も皆、目の前の仕事に真摯に向き合い、地道に取り組んできました。これは当社の土台となっている姿勢です。もう1つは、「どんなトラブルがあっても逃げず、誠実に対応してきたこと」。私たちの仕事は、予測と開発が常にセットです。例えばお客様がめっき装置を導入すれば、その先に排水処理が必要になる。その排水の成分や濃度を見越して、同時に処理装置も開発していく必要があります。しかし、予測が外れることもあります。もし実際の排水に適していなければ、その装置は使えません。そういったリスクがあるなかで、私たちは問題が起きても逃げることなく、現場での対応や調整を誠実に行ってきました。排水処理に関する法律が整備された当初、たくさんの業者がこの分野に参入しましたが、その多くは撤退しました。私たちが今もこの仕事を続けていられるのは、コツコツ積み重ねてきた経験と、何事にも誠実に向き合ってきた結果だと思っています。
ー 今後の展望は。
私には「アメリカで会社を立ち上げる」という夢があります。その原点は、20代のときに経済産業省の研修で訪れた、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究施設での体験です。そこにいた女性研究者の発表内容は非常に高度で、私を含め同行者も内容を理解できず、「こんな未来の話があるのか」と圧倒されました。この体験が、「いつかアメリカで仕事をしたい」という強い思いにつながりました。その後メキシコで工場を構えたのも、最終的にアメリカ市場を見据えてのこと。メキシコで装置を製作・分解し、アメリカで再組み立てすることで、コストを抑えたビジネスモデルを構想していました。実際、アメリカ法人の登記にサインする直前まで進んでいましたが、当時の社長が交通事故に遭ったことを機に、私は日本に拠点を戻し、進出は一度見送ることになりました。それでも、アメリカ進出の夢は今も変わりません。これまで私がやってきたことは、目の前の現実を掴んできただけで、夢とは違います。夢は、見えているのに手が届かないからこそ追いかけたくなるものです。まずはメキシコでの事業をさらに充実させ、その先にアメリカでの展開を必ず実現したいと考えています。
ー 自身が思う「Japan Pride」は。
いろいろな国の方々と仕事をしてきて感じるのは、日本人は「ゼロから何かを生み出す」のはあまり得意ではないかもしれませんが、「1を10にする力」は本当に優れているということです。そこに、日本人の強みがあると思います。また、細かな気配りや、自然に相手を思いやる姿勢も、日本人ならではの特性です。人との接し方や製品の使い方ひとつ取っても、その繊細さがにじみ出ている。そうした気質を持って仕事に取り組むことが、私にとっての「Japan Pride」なのかもしれません。そこにもう少しグローバルな視点や柔軟性が加われば、さらに良いと感じます。「失敗を恐れず、まず試してみる」というアメリカ的な姿勢も、日本にとってこれから大切になる考え方ではないでしょうか。


