【Japan Pride 注目企業エグゼクティブインタビュー】Eisai Inc. エーザイ Chairman & CEO 安野達之

Chairman & CEO
安野達之
(やすの・たつゆき
早稲田大学政治経済学部卒業後、1991年エーザイ入社。MR(医薬情報担当者)やマーケティングを経て2005年、ノースウエスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBA取得。その後は、日本、ヨーロッパ、アメリカの事業拡大に貢献。20年、Eisai Inc.社長に就任し23年から現職。アメリカ、カナダ全事業を統括する。「患者様とそのご家族の声に耳を傾けることによってのみ、真に成功を収めることができる」を信条としている。

Eisai Inc.
200 Metro Blvd
Nutley, NJ 07110
Tel (201) 692-1100

 

認知症治療薬のパイオニアが生み出した
ヘルスケアの新たな可能性

アルツハイマー病治療薬「LEQEMBI(レケンビ)」が、軽度の認知症の進行を遅らせる治療薬として世界で初めて承認されたエーザイ。世界最大の医薬品市場アメリカで、認知症を中心とした神経領域やがん領域で事業を拡大し、「人」対「人」のサポートに力を入れる。

 

ー 貴社にとってアメリカ市場の役割は。

アメリカのヘルスケア市場は年々成長を続けており、エーザイにとっても非常に重要な市場です。エーザイは1987年にアメリカでの事業を開始して以来、多くの投資を行い、現在は6つの州に拠点を展開しています。ニュージャージー州ナタレーにアメリカ本社を構え、医薬品の販売に加えて創薬や臨床開発などの機能を統合した重要な拠点となっています。マサチューセッツ州ケンブリッジには、認知症領域の創薬を中心とした研究施設(G2D2 : Genetics Guided Dementia Discovery)があります。さらに、ペンシルベニア州エクストンにバイオ医薬品の研究・開発拠点、メリーランド州ボルチモアとノースカロライナ州ローリーに生産・物流機能を担う施設もあります。このようにアメリカでの事業は医薬品の販売だけでなく、新薬の開発、臨床試験、生産、供給においても重要な役割を果たしています。

 

ー アメリカ食品医薬品局(FDA) に認証された「LEQEMBI」については。

認知症にはいくつかのタイプがあり、なかでも最も患者数が多いのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病はアミロイドβと呼ばれるタンパク質が脳内に蓄積して、有害なアミロイドプラークを形成することで発症し、進行していく病気と考えられています。「LEQEMBI」は、このアミロイドプラークに直接作用して除去するとともに、神経細胞に影響を及ぼすプロトフィブリルと呼ばれる物質を減らすことで、軽度の認知障害または軽度の認知症の進行を遅らせる世界で初めての治療薬として2023年1月にFDAから迅速承認を受け、アメリカで販売を開始しました。同年7月に正式承認を受け、現在では世界50カ国以上で承認されています。また、タイム誌の「ベスト・インベンション(医療・ヘルスケア部門)」にも選出され、翌年には同誌の「最も影響力のある企業100社」にも選ばれました。そして、2025年には在宅で継続的な治療が可能となる皮下注射製剤「LEQEMBI IQLIK(レケンビ・アイクリック)」がFDAに承認され、初期治療薬としての申請も進行中です。同様にタイム誌の「ベスト・インベンション(医療・ヘルスケア部門)」に選出されました。「LEQEMBI IQLIK」のFDAによる承認は、アルツハイマー病治療の多くの課題解決に貢献する治療方法になると考えています。アメリカでは、診断や治療開始までに時間がかかることに加え、定期通院や長距離移動は患者様や介護者の皆様にとって大きな負担になっていました。また、治療施設が限られている影響で、患者様が診断を断念せざるを得ないケースも少なくありませんでした。特に、進行性のアルツハイマー病は、早期の診断と治療の開始、そして継続が極めて重要と考えています。在宅での治療を可能にする「LEQEMBI IQLIK」の登場に加え、同時期にFDAから承認された血液検査による新たな診断法の導入により、これまで以上に簡便かつ迅速な診断と治療の実現が期待できると考えています。

皮下注射製剤「LEQEMBI IQLIK」の利便性について丁寧に語る安野氏

 

ー アメリカでの導入・普及に関しては。

アメリカでは、投与施設や保険償還などの仕組みが日本と大きく異なります。そのため、まずは医療関係の皆様との信頼関係を築き、新薬について理解を深めてもらうことが重要です。医療機関やヘルスシステムに対しては、「LEQEMBI」がアルツハイマー病の根本病理に作用する治療薬であることを踏まえ、その意義や効果を丁寧に説明するよう心がけています。また、65歳以上を対象とした保険制度「メディケア」を管轄するCenter for Medicare and Medicaid Services(CMS)による保険適用や「LEQEMBI」を投与できる医療施設の拡充にも取り組んでいます。製造と供給については、バイオジェン社と協力し、同社の工場で原薬を製造することで安定的な供給体制を整えています。バイオジェン社との共同販促も円滑かつ着実に進んでおります。

 

ー 認知症治療に長年携わり思うことは。

生活に不安を抱える方の増加、介護者の皆様の負担、医療機関のひっ迫や社会保障費の増加など、認知症は深刻な社会的課題であると認識しています。エーザイは認知症治療の創薬に取り組み始めてから40年以上も患者様、ご家族の皆様、医療関係の皆様と向き合ってきました。そのなかで常に感じるのは、「自分らしく、少しでも長く生きたい」という強い思いです。認知症は記憶が失われていくという点で、他の病気とは異なる恐ろしさがあります。大切な思い出が失われていくことは非常に辛いことです。だからこそ、病の進行を可能な限り遅らせることに大きな意義があります。進行を遅らせることができれば、新しい治療薬が登場するまでの貴重な時間を確保できます。何よりも患者様が自分らしさを保ちながら、大切な人と過ごす時間を少しでも長くお守りすることにつながります。実際に「LEQEMBI」による治療で以前と変わらない生活を続けられている方々や、ご家族の皆様からの感謝の声をいただく機会も増えています。そうした声に触れるたびに、認知症という社会的課題の解決に向けた責任と使命を感じています。認知症のパイオニア企業として、私たちは治療薬の開発にとどまらず、「人」対「人」のサポートにも注力してまいります。

 

ー アルツハイマー病への理解を深める活動は。

エーザイは、「患者様と生活者の皆様の喜怒哀楽を第一義に考え、そのベネフィット向上に貢献し、世界のヘルスケアの多様なニーズを充足する」というヒューマンヘルスケア(hhc)理念を掲げ、事業活動だけでなく、啓発活動にも積極的に取り組んでいます。その一環として、全社員が就業時間の1%を活用し、当事者とご家族の皆様との交流、協働活動を世界各地で推進しています。また、自治体や関連団体との連携を通じて、認知症に関する知識の普及や予防の啓発、当事者支援にも継続的に取り組んでいます。毎年9月の「世界アルツハイマー月間」には、ADアドボカシーパートナー主催のイベントに多くの社員とその家族が参加しています。私も、ニュージャージー州パラマスで開催された「Walk to End Alzheimer’s」に参加し、さまざまな立場の方々と交流する機会を得ました。認知症への理解や、包括的なサポート体制の必要性を改めて実感しました。また、アメリカでは「You Still Can Be」という患者様ファーストのキャンペーンも行っており、テレビ、ソーシャルメディアなど多様な媒体を通じて、認知症と闘う当事者の声を直接ご紹介し、認知症に対する認識や治療への希望の喚起を行っています。

 

ー 医薬品以外での取り組みは。

エーザイは、hhc理念に基づき、人々の「健康憂慮の解消」や「医療較差の是正」という社会善を効率的に実現することを目指しています。さらに、hhc理念を進化させ たhhceco(hhc + ecosystem)の概念にのっとり、新薬の創出だけにとどまらず、多様なパートナー企業、医療関係の皆様と包括的に連携し、患者様やご家族の皆様、介護者の皆様の「生ききるを支える」エコシステムを構築しています。健康な状態から発症、治療後の経過観察の段階まで含めて、あらゆるステージの人々の憂慮解消を目指しています。一例として、日本では「のうKNOW」というデジタルでの認知機能のセルフチェックツールや、認知症にまつわる情報を発信する「テヲトル」などのサービス提供しています。アメリカでは、患者様および医療関係の皆様にとって複雑化しやすい治療プロセスの課題に対応するため、パートナー企業との協働により、治療管理プログラム「Pathway」の提供を開始いたしました。また、アルツハイマー病やがんの患者様がいるご家庭に玄関先まで食事をお届けする「マグノリア(Magnolia)プログラム」も実施しています。今後も、新薬の開発やエコシステムの構築を通じて、ヘルスケア全体への貢献をさらに高めていきたいと考えています。

「Walk to End Alzheimer’s」に参加する安野氏(中央) エーザイの社員(提供写真)

 

ー アメリカで今後注力する領域は。

アメリカの事業では、今後も認知症とがんを中心とした事業拡大を継続的に推進していきます。認知症領域では、アルツハイマー病の根治実現を目指し、今後も積極的に取り組んでいきます。がん領域では、2015年の抗がん剤「LENVIMA(レンビマ)」発売以降、この10年間で多くの患者様とそのご家族の皆様に貢献してきました。現在「LENVIMA」は、アメリカでの事業のみならず、エーザイグループ全体の成長を牽引する中核製品となっています。今後も医薬品を通じた社会貢献を継続しながら、認知症領域およびがん治療における革新的な治療薬の研究開発に挑戦してまいります。

Interviewer: Jin Yoshida
Editor: Chihiro Abe
Photographer: Masaki Hori
2025年10月16日取材

▼本誌掲載
ニューヨーク便利帳®️ Vol.34