ソーシャルメディアで発信を続け米国のトンボファンを倍増させました。
アメリカのアート・クラフト領域で大きなマーケットを開拓した。ソーシャルメディアにより製品の魅力と創造性をアピールする「啓蒙、エデュケーション」を根気強く続けた結果、業績が急伸している。米国法人唯一の日本人で副社長の田中公人氏にそのマーケティング戦略について話を伺った。
⽇本とアメリカでの沿革を教えてください。
トンボ鉛筆の創立は1913年。創立当時は社名の通り鉛筆の製造と販売が主でしたが、1950年代より商品の多角化に乗り出しました。現在弊社が取り扱う製品は、ボールペン・シャープペン・マーカーなどの「書く」、消しゴム・修正テープなどの「消す」、スティックのり・液体のり・テープのりなどの「貼る」の3分野です。
米国法人の創立は1983年。当初はカリフォルニア州に拠点がありましたが、1992年にジョージア州アトランタ郊外に移転しました。アトランタは全米へのアクセスも良く出張に便利で、西海岸に比べて物流やさまざまな固定費を抑えられたため、移転後にビジネスが軌道に乗ったと言えます。数多くあった候補地からアトランタを選んだ諸先輩方の選択は正しかったと、感謝しています。
社名の由来とは。
創立当時は、創立者の名前を冠にした「小川春之助商店」という社名でした。その後、鉛筆ブランドとしての事業を推し進めていきたいという理由から、「トンボ」印の鉛筆を発売し始め、その後に社名となりました。なぜ鉛筆にトンボ印をつけたのかというと、日本でトンボは前にしか進まず退かないところから、「勝ち虫」と言われ、非常に縁起の良い虫だからです。
日米の顧客ニーズに違いはありますか。
日本では修正テープ・消しゴム・固形のりで国内トップシェアを誇ります。一方アメリカでは、以前は修正テープが圧倒的な主力商品でしたが、マーカーがここ数年で売り上げを拡大し、トップに台頭しました。マーカーの売り上げは今後も伸びていく見通しです。代表格の商品は、「デュアル・ブラッシュ・ペン」というアート用の筆の水彩ペンです。「日本では発売から30年以上が経っている」と言うと、非常に驚かれます。パレットの上で色を混ぜたり、紙への押し付け方次第でさまざまな線が描ける、とてもクリエイティブなペンです。
また、日米ではターゲットユーザーも異なります。日本では学校とオフィスが顧客の大きな割合を占めていますが、アメリカではアートやクラフト関係者が主なターゲットです。例えば鉛筆にしても、日本の小学生が普段学校で使用しているものは、アメリカでは最高級のクオリティ。ですから、我々の製品を求めるのは、質にこだわるアート関係の人々になるのです。
アメリカではアートやクラフト関係者が主なターゲットです。
事業拡大の秘策とは。
我々が最も力を入れてきたことは「啓蒙、エデュケーション」です。この商品はこういう風に使える、こういうテクニックがあるということをユーザーに伝えていく活動を約10年にわたり続けています。アートやクラフトが得意な社外の人たちと提携してデザインチームを作り、ユーザーの啓蒙活動を行うと同時に、フォロワー数の多いトンボ愛用者にブランドアンバサダーになってもらいインフルエンサーとして活動してもらっています。ソーシャルメディア上で、トンボ商品を使った作品とその作り方、描き方を紹介するなど、商品の魅力を地道に発信し続けてきました。
同時に、オンラインで購入できる仕組みも強化しました。イーコマース事業と、ソーシャルメディアでのマーケティング活動やPR活動が上手いこと噛み合い、事業拡大に成功したと感じています。
ソーシャルメディアを使った具体的なマーケティング戦略とは。
目的によって、フェイスブックやブログ、インスタグラムなどプラットフォームを使い分けていますが、主軸はインスタグラム。商品の用途や便利なテクニックを動画や写真とともにわかりやすく紹介しています。そうすることで、ユーザーにトンボ商品に親しく、詳しくなってもらい、さらにはトンボ商品がネット上で話題となることを狙っています。また、最近インスタグラムでは、写真をタップするだけでウェブサイトに飛んで購入ができるようになっているのでとても便利です。この効果からか、アメリカにおけるトンボの認知度は私が着任した7年前よりかなり拡大していると感じます。実際、インスタグラム(@tombowusa)のフォロワー数は2019年12月時点でもうすぐ45万に届きそうで、日々増え続けています。
日本やほかのどの国の拠点のアカウントよりも多いフォロワー数です。
このようなマーケティング戦略は米国法人社長のジェフリー・ヒンが社長就任後に取り組み強化されました。彼が社長に就任した頃の米国経済はリーマンショックのあおりを受け低迷していました。厳しい時期でしたが、彼が主導して改革を始め、オフィス向けの修正テープ等に大きく依存していた体質を改め、アートやクラフト分野にも注力するべくこのようなマーケティング戦略を打ち出しました。しかし、啓蒙や教育というのはすぐに効果が出るものではありません。いつか結果につながるはずだと信念を持って続けてきました。成果は徐々に出て、私が着任した2012年当時と比べて、アメリカントンボの売り上げは倍以上に躍進しました。
今後の展望をお聞かせください。
マーカーの効果で売り上げは伸びていますが、さらなる柱を作らなければと考えています。まだ模索段階ですが、個人的に考えている商品は、世界一品質に厳しい日本人が認める、日本でシェアナンバー1の「MONO消しゴム」です。消しゴムに対するアメリカの意識は実は非常に低く、鉛筆の頭についているピンクイレイサーの消し具合以上のものがあるとも思っていないし、期待もしていないのが現状です。そこを変えていけたら面白いなと思っています。
また、現在すでに進めている、他社とのコラボレーションはこれからも展開させていきたいです。北米限定で、VIPボックスという商品があります。これはVIP会員登録をしているトンボファンに先行販売する、新商品や限定商品が入った商品の詰め合わせボックス。価格は30ドルほどですが、中身の合計金額は1.5 〜2倍ほどで非常にお得でもあります。このVIPボックスに、我々の製品と調和する、他社の手帳なども入れて販売しています。それによりこのVIPボックスの内容を充実させることができますし、協力会社にとってもトンボファンに商品を広める機会になります。
北米ではVIPの会員制クラブを立ち上げています。
トンボのVIP会員制度があるとは面白いですね。
日本では問屋さん、小売店さん、ユーザーという製造業界で流通3段階と言われているものがあり、メーカーからユーザーへ直接販売することができません。しかし、アメリカではそういったルールがないので、ダイレクトにユーザーに商品を届けられる。そういったことから北米ではVIPの会員制クラブを立ち上げています。メールアドレスを登録するだけで、会費はありません。
VIPボックスの販売は北米のみですがとても人気で、販売の告知をソーシャルメディアで行うと、世界中のユーザーからオーストラリアでの販売はないのか?フィリピンでは?インドでは?とコメント欄に質問をいただきます。
田中さんの好きな文具は何ですか。 特技が鉛筆削りだと伺ったのですが…
私は鉛筆が好きです。もともと筆圧が強かったせいか、シャープペンの芯をたびたび折っていて、中学・高校で同級生がシャープペンに切り替えていくなか、私は鉛筆ユーザーに戻りました。小学校3年生くらいのときに、母に鉛筆を手で削る方法を習いました。私の家ではカッターは大人しか使うことが許されていませんでしたが、鉛筆削りの際はカッターに正当に触れることができる。そんな不純な動機から鉛筆を手で削るようになりました(笑)。以来削り器を使ったことはほとんどありません。鉛筆を手で削っている時間は、「無」になれる。頭がリセットされるので好きですね。手で削る利点は、出したい分だけ芯を出せるということ。削り器を使う際に出る芯の長さの2倍ほどを出せば、芯がすぐにつぶれず、長く使い続けられますよ。
鉛筆には独特な筆記感があり、鉛筆で文字を書くと自然と頭も回転する気がします。アイデアをひねり出したりしたいときや、頭に叩き込みたいときには、パソコンやスマートフォンを使うのではなく鉛筆を使ってそのことを書き続けます。
⽶国オフィスで唯⼀の⽇本⼈として、アメリカ⼈スタッフとどのようにコミュニケーションを図っていますか。
重要な話をするときには、相手の認識と相違がないことを確認するため、自分が聞き取って理解した内容を、自分の英語にして復唱確認をします。分からない英語を使われたときはときは正直に分からないと伝えますし、砕けすぎた言い回しやスラングを使われた時には、不機嫌な顔をして聞き返しますね(笑)。開き直りも大切です。言葉の壁は大きいですが、きれいな英語を話そうと力まずに、1回で伝わらなければ伝わるまで何度も言い換えること。そして言語はいくつかあるコミュニケーションツールのうちのひとつに過ぎないと気軽に考えることも大切だと思います。
日本でのコミュニケーションと大きく違うところは、社員と家族の話や週末や休暇の話をよくすることだと思います。家族や休暇の話から始めて本題に入ると、雰囲気良く話が進むと感じています。
トンボ製品はアメリカのどこで購入できますか。
弊社のウェブサイトで、米国で展開しているほぼすべての商品を販売しています。便利帳の読者さんのためのディスカウントコード(「BENRICHO2019」※2020年6月30日まで有効)がありますので、ぜひご利用ください。また、アメリカに展開している日系書店・文 具店の紀伊國屋書店などをはじめ、アートやクラフト専門の小売店、アマゾンなど各種通販でも取り扱いがあります。2019年にはマイケルズで、ついにMONO消しゴムの取り扱いが 始まりました。全米のチェーン店でMONO消しゴムが販売されるのは初めてですので、とてもうれしく思っています。日本に帰ったときに消しゴムをまとめ買いされている方も多いと聞きますが、もうその必要はありません。
これからアメリカに赴任してくるビジネスパーソンとそのご家族に向けてメッセージをお願いします。
私は出不精なのですが、旅行好きな妻のおかげで、この7年間でアメリカ各地を訪れることができました。日本に比べて長距離ドライブも気軽にできますし、日本では敷居が高い印象のクルーズ船ツアーも、アメリカではポピュラーな休暇の過ごし方のひとつです。いろいろな場所に行って、さまざまなものに触れてみることで、米国の良さと、日本の良さも見えてくると思います。アメリカにいらっしゃったら、ぜひフットワークを軽くして各地に出掛けてみることをおすすめします。
副社長 Executive Vice President
田中公人 Kimihito Tanaka東京都出身。専修大学法学部卒。1999年、㈱トンボ鉛筆に入社。量販店営業担当を経て本社営業部門に。ユーザーインタビュー調査や業務改善活動も行う。その後、経営企画室に着任。経営計画、予算管理やミッションステートメント制定等に参画。2012年より現職。
Interviewer: Mika Nomoto
Photographer: Jonathan Wade
Editor:Kaori Kemmizaki
※2019年3月7日取材
ご意見箱フォーム