【アメリカで活躍する日本企業インタビュー】東亞合成アメリカ 家迫代表取締役社長

国民的大ヒット商品、アロンアルフア®。日本国内の瞬間接着剤では圧倒的なシェアを誇り、他者を寄せ付けない。
瞬間接着剤の代名詞ともいえる同製品の生みの親であり、業界トップの座に君臨する東亞合成。同社のアメリカ本社社長、家迫博氏にアメリカでのビジネスについてお話を伺った。

日本製もアメリカ製も成分的にはほぼ同じものなのですが、意外なところに違いがあります。

まずは東亞合成という会社について教えてください。

福澤諭吉の娘婿である福澤桃助が、母体となる矢作工業株式会社を名古屋で創業し、その後数社との合併吸収を経て、現在の東亞合成となりました。2019年に創立75周年を迎えます。
当社は化学品を軸とした製品の研究開発、製造、販売事業を展開しています。実はアロンアルフア®は我々の唯一の一般消費者向けの製品で、そのほかは主にB to Bビジネス、中間加工品などに使用される工業用製品を製造しています。

アロンアルフア®といえば、もはや知らない人はいない製品ですよね。

東亞合成の名前を知らない方はたくさんいらっしゃるのですが(笑)、幸いなことにアロンアルフア®は接着剤の代名詞のようにも使って頂いています。インパクトのあるテレビCMで印象に残っているという方や、日本では9割近いシェアを占めていることもあり、店頭でよく目にするという方も多く、お陰様で長いことご愛顧頂いている製品です。

東亞合成のアメリカでの事業展開について教えて下さい。

1973年に代理店を通じて輸出販売を開始しました。アメリカでは「クレイジー・グルー®」という商品名で一般向けの瞬間接着剤を販売しています。当時、初めてその接着剤を使用したお客様があまりのくっつき具合に「このクレイジーな接着剤はなんだ!?」と驚いたというエピソードに由来し、CrazyのCをKに変えた“Krazy Glue”の商品名が誕生しました。
1990年、スクールグルーなどで知られるエルマーズブランドを抱えていたボーデン社と共同で、代理店のビジネスを買収し、ジョイントベンチャーを設立しました。それぞれの役割としては、東亞合成が製造と新製品開発を行い、ジョイントベンチャーが代理店として製品を輸入し、ボーデン社に販売を委託するというものです。当初アメリカに製造拠点はありませんでしたが、円高の影響などを受けて現地生産化に乗り出しました。1994年、ボーデン社の本社があったオハイオ州コロンバス近郊のウエストジェファーソンに工場を設立し、現在に至ります。
多少の変動はありますが、日本人6名を含め、全体で100名ほどが働いています。

アメリカで主力となっている事業は何でしょうか。

現在アメリカでは接着剤事業に特化し、一般消費者向けのクレイジー・グルー®の製造と、工業用のアロンアルフア®の製造、および販売を行っています。
かつては、接着剤以外の製品を販売していた時期もあったのですが、今は「接着剤事業に集中してブランドを強化する」という経営戦略のもと事業を進めています。東亞合成のアメリカ拠点窓口として、将来的には、接着剤以外の製品も広くカバーしていきたいと思っています。

アロンアルフア®というとやはりテレビCMが印象的なのですが、アメリカではどのような広告戦略を展開しているのでしょうか。

万年筆のパーカーやウォーターマン、スポーツ用品のローリングスなど、数々の有名ブランドを傘下に抱えているニューウェル・ブランズ社と、現在ジョイントベンチャーのパートナーシップを結んでいます。アメリカでのマーケティングや広告、販売部分はそのニューウェル・ブランズ社が主に担当しています。大手が持つ知識と経験、販売力、マーケティング力をもって、これまで我々ができなかったような売り方をして欲しいと期待しているところです。

日本とアメリカで、製品に対するニーズに違いはありますか。

日本製もアメリカ製も成分的にはほぼ同じものなのですが、意外なところに違いがあります。
日本人とアメリカ人では手の大きさも違うため、容器の仕様が異なっています。さまざまなラインアップがあり、たとえばハケタイプだと、日本ではマニキュアを塗るように、少量ずつ塗れる繊細なものが好まれますが、アメリカ人には使いにくいようです。アメリカでの新製品のチューブタイプは、こちらでは頑丈なものが好まれますが、日本人からすると少々固く、力を入れないと出てこないような感覚があります。マーケティング調査の結果をみても、日本仕様の容器はあまり受け入れられず、こちらでは販売していません。

日本が陥りがちなガラパゴス化に注意すれば、まだまだ日本のものづくりは世界を牽引できると考えています。

お仕事されるうえで感じる、日米の違いはありますか。

私の経歴もそうですが、日本の場合は、色々な部署で経験を積み、ステップアップしていく過程を経て、ジェネラリストを育てようとします。一方アメリカでは、専門性の高いスペシャリストが多いです。
また人の入れ替わりも激しく、取引先の担当者がすぐに変わってしまうことも多々あり、そういった部分で日本との違いを感じますね。幸いなことに我々の会社は従業員の定着率が高く、ありがたく思っています。

海外での工場管理は難しいものだと思われますが、どのように取り組まれていますか。

これまでは製造部門のトップは日本人に任せ、日本のやり方できめ細かく管理するという方針でした。しかし、日本人ばかりが重要なポストを占めると、アメリカ人従業員のモチベーションも上がらない。そのため赴任後にまず、アメリカ人の工場長を選任しました。彼ら自身が考えて生産性を高める工夫をしたり、今までとは違った観点から経営に参加するための意識変えという面と、昇進のチャンスを増やすというふたつの面から社内の環境づくりを進めています。
原材料調達の現地化はかなり進みましたが、以前から課題であった「人材の現地化」にようやく取り組み始めたところです。

日系企業がアメリカでビジネスする際に、強みとなるものは何だと思いますか。

やはり日本の製品品質、ものづくりの技術ではないでしょうか。日本製品は自動車ひとつをとっても群を抜いて素晴らしいと思います。そうした強みを価値に反映させてビジネスに繋げることができれば、伸びる可能性はあると思います。
ただし、得てして日本の消費者が厳しいということもあり、日本が陥りがちなガラパゴス化に注意すれば、まだまだ日本のものづくりは世界を牽引できると考えています。

日本が陥りがちなガラパゴス化とは。

消費者の要望にきめ細かく対応するだけの製品展開に偏ってしまうと、製品の数が増え、価格も高くなります。そういった製品を提供していくことが本当に良いものなのかと考えることもあります。アメリカでは細やかなニーズのすべてに対応するよりも、基本的な性能に集約し、より安く製品を提供することが好まれるという傾向もあります。
もちろん消費者の声は大切なものですが、アメリカに来て思うのは、そうした部分での見極めが非常に重要だということです。

アメリカでの生活はいかがですか。

現在はオハイオ州のダブリンに住んでいます。日系自動車メーカーがあることもあって、日系スーパーや日本食レストランもあります。このくらいの人口規模の都市としては、日本人にとっても住みやすいところだと思います。休日は、旅行やスポーツ観戦、趣味のゴルフなどをしています。こちらでは車通勤で運動不足になりがちなので、なるべく体を動かすようにしています。ゴルフではちょっと足りないのですが(笑)こちらに来ている駐在員の奥様方もなかなか活発で、うちの家内はヨガやテニスを楽しんでいます。

最後に、今後中西部に進出してくる日系企業へアドバイスをお願いします。

ひとつには、従業員が働きやすく、住みやすい環境を選ぶことが大事だと思います。とくに日系企業が進出する際は、家族揃って赴任するケースも多く、家族にとっての生活環境も重要になってきます。お子様がいれば学校選びもありますよね。家族の生活基盤が安定していないと、やはり旦那さんの仕事に影響する部分も出てくるでしょう。
また中西部のアメリカ人は穏やかな人が多いのも良い点のひとつですね。たとえばシカゴやニューヨーク近郊で運転していると、すぐにクラクションを鳴らされたり、無理に割り込みをされたりと嫌な思いもしましたが、こちらの人はおおらかで、道を間違えてもたいてい親切に譲ってくれます。
我々が進出拠点を決めたのには、パートナー企業の本社があったという要因が大きかったのですが、結果的にオハイオで良かったと思っています。

Toagosei America Inc. 代表取締役社長 家迫 博
1985年東亞合成入社。アクリルポリマー製品の研究開発に17年ほど携わり、オハイオに4年赴任。その後一旦帰任し、本社機能を担う事業部に7年、経営企画部に3年所属し、再びアメリカへ赴任。2016年より現職。