【アメリカで活躍する日本企業インタビュー】楽天 アメリカ法人 社長 飯田 恭久

Rakutenをアメリカの誰もが知るブランドに。

楽天市場からはじまり現在70を超える事業を手掛ける楽天は、2005年にニューヨークを拠点としてアメリカでの事業をスタートさせた。
社員数は当初の150名から3,000名を超えるまでに成長し、アメリカのインターネット業界でのシェアを勢いよく広げている。
その成長の立役者であるアメリカ法人のPresident 飯田恭久(Yaz Iida)氏にお話を伺った。

事業戦略は、米国企業の買収を通じて楽天独自のエコシステムを構築すること。

楽天のアメリカでの沿革を教えてください。

まず楽天自体の沿革としては22年前に三木谷浩史(代表取締役兼社長)が楽天市場というオンラインのショッピングモールを作ったのが始まりです。
まだ22年目の会社なのですが、事業の数としては現在70を超えます。なぜここまで成長を遂げることができたかというと、会員システムの構築により、独自のエコシステムを作ることに成功したからです。日本では9,000万人を超える会員がいます。オンラインショッピングだけでなく、現在は楽天トラベルや、楽天カードなどの多岐にわたる事業を展開しています。  

アメリカでの沿革をお話ししますと、2005年9月にLinkShareというアフィリエイトネットワーク事業を行う会社を買収したのがスタートでした。
インターネット事業のように目に見えない商品を日本から持ってくるというのは非常に難易度が高いことです。楽天市場のビジネスモデルを持ってこようと思っても、すでにアメリカにはAmazonが存在しています。
そこで我々が着目したのが広告主にアメリカのリテーラーやトップブランドを持ち、メディアと広告主をつなぐビジネスをしていたLinkShareでした。その立ち位置を取れば、アメリカでのビジネスが俯瞰でき、米国市場を理解するのに最も効果的な入り方ができると考えて、この会社を買収しました。

アメリカでの具体的な事業内容を教えてください。

アメリカにおいても、日本と同じように楽天のエコシステムを構築していくことです。
そのためにさまざまな企業を買収しており、具体的にはLinkShareの次にBuy.comという楽天市場と同じようなビジネスモデルの事業、それから電子書籍プレーヤーでKindleに次ぐシェアを持つカナダのkoboや、消費者の詳細な購買データを集約するシステムを作るシリコンバレーのIntelligenceなどです。Intelligenceはものすごくパワフルで、人びとの詳細な購入データ(いつ、だれが、どこで、何を、購入したか)を蓄積できるため、とても重要なマーケティングツールとなります。さらに、全米の公立図書館に置かれているデジタル書籍の分野で9割以上のシェアを持つOver Driveという会社も買収しています。
各分野で外せないイノベーションカンパニーを次々と買収してきました。  

あるアメリカの経済誌に、世界におけるインターネット会社のシェア率を示したマップがあるのですが、Facebook、Amazonと並んで、Rakutenの名前も掲載されています。これからもっとシェアを広げていきたいと思っています。
また、2017年の夏より世界有数のスポーツチームとパートナーシップ契約を結んでおり、欧州サッカーチーム「FC バルセロナ」とNBAバスケットボールチーム「Golden State Warriors」のスポンサーになっています。これは、「Rakuten」というブランドを世界に広めていきたいという思いからです。
日本では多くの方に楽天を知っていただいていますが、アメリカおよび、ヨーロッパ、アジアなど世界的な知名度はまだまだです。スポーツマーケティングを通じてブランドを創るというのは、東北楽天ゴールデンイーグルスが楽天の名を日本に広めたように、楽天のブランド戦略です。

飯田社長がアメリカに赴任したのはいつからですか。

買収したLinkShareの立て直しを図るために、2008年に楽天初のニューヨーク駐在員として赴任してきました。もともとアメリカの会社なので日本人は私ひとりだけでした。さらに同年9月にリーマンショックが起こり、ビジネスを取り巻く環境はひどいものになりました。
アメリカの人々ははっきりしてるので、会社が危機的な状態になったらすぐに辞め てしまう人が多い中、このビジネスが好きだと言って残ってくれた社員たちとともに会社を立て直しました。その結果、LinkShareはアフィリエイトネットワーク業界で全米ナンバー1の評価を得るまでに成長しました。
このように買収した会社を業界ナンバー1に成長させることができたことが、アメリカにおける楽天のビジネスの起源になっています。

社員数の規模と日本人の在籍者数を教えてください。

買収した当時は150人ほどの規模の会社でしたが、現時点でアメリカの楽天グループの社員数は3,000人を越えました。
アメリカの企業を買収しているため、社員のほとんどは日本人ではありません。アメリカ全体で日本国籍の社員は50人ほどです。

自分が楽天をグローバライズするという使命感を持っています。

歴史がない分、人から教わることができないIT業界で、どのように学んでいかれたのですか。

情報の収集をするということに関してはとりわけ努力しています。
この業界は日進月歩で技術が進むので、社内外関わらずさまざまなネットワークを通じて、多くの人と話し、世の中で何が起こっているのか、どういう方向に向かっているのかということを知る努力を常にしています。とにかく日々勉強です。
4年ほど前にニューヨークからシリコンバレーに本拠地を移したのですが、その理由はシリコンバレーはITに関する情報量と情報をキャッチできる速度が圧倒的に違うからです。 日本の楽天のエグゼクティブたちも、頻繁にシリコンバレーに来て、熱心に情報収集をしています。それを止めてしまうとこの業界では生き残れません。

ご自身の経歴について教えてください。

私はもともとプロ野球選手を目指していて、甲子園出場の常連である日大三高に野球の推薦で入学しました。しかし肩を負傷し、プロ野球選手になる夢を断念しました。
附属高校だったので、そのまま日本大学に入ってこれから何をしようかと考え、たどり着いた答えが「野球以外に夢中になれるものを探しに、アメリカに行こう」でした。卒業後にアメリカの大学に入学し、英語も含めて一から勉強し直しました。実は、英語は留学した当時22歳まで一切喋れませんでした。
そして卒業後に男性用カミソリ・髭剃りのメーカーで世界ナンバー1のシェアを持つ会社、ジレットに入社しました。通常は全米トップ10くらいの大学卒業者しか雇わないような会社なのですが、偶然日本人に向けたマーケティングを強化するためにアメリカで教育を受けた日本人を探していたのです。
その次にエンターテインメント業界で世界ナンバー1のディズニーに入社しました。それぞれの分野で世界トップの企業の本社の優秀な人びとを見られたのは非常に良い経験でした。
そうしたエキサイティングな経験を経て、ダイソンが日本で事業を開始するタイミングで同社に入社しました。当初20人くらいの規模だったのですが、たまたま前任の社長が辞められて、私が社長になりました。日本の掃除機の平均単価は当時2万円以下だったところ、8万円で売ろうとしていたので「絶対に売れない、絶対に成功しない」と言われ続けていましたが諦めず挑戦し、今日のように日本の人気家電のひとつとなりました。 

40歳になったとき資本の事業に携わっていたのですが、日本人として何か使命感のある仕事ができないかと思うようになりました。
そんなときにちょうど三木谷浩史に会う機会があったんです。 当時はまだドメスティックな楽天だったのですが、彼は「私はこの会社をグローバルな会社にしたい」と言っていました。それを聞いて、グローバル展開する時の役に立ちたいと思い、入社を決めました。
今までは海外の製品やサービスを日本国内で広めるという活動をしていましたが、その逆ができる。しかも楽天はモノを作っておらず、インターネットというこれからの人びとの生活のインフラとなる事業を展開している。楽天を自分がグローバライズするんだという使命感を持ちました。
それまではいわゆる外資の社長だったわけですが、それを辞めて何も知らないインターネットの世界に40歳で転職。最初の2年間は日本で楽天市場のショッピングモールの事業を担当しました。
入社当時、自分を一度ゼロにリセットしなくてはいけないと思い、まずはいち営業として働きたいと申し出ました。自分がダイソンの社長をやっていたということは社内では伏せて、22、3歳の同僚とともに毎日100件の電話営業をしました。入社時の最初の上司は新卒2年目の男の子で、毎日怒られていましたね(笑)。
そのように入社後8カ月くらいまではいち営業として働きました。現場を見たという経験は、結果的にとても良かったと思います。

今は苦しいというよりも楽しいですか?

仕事はすごく楽しいです。お金を稼がなければならないから仕事をしているという感覚は全くないですね。私にとって難しければ難しいほど面白いです。
この仕事の面白いところは、常に自分の成長を感じられるところ。次から次に新しいことが起こるので、常に自分自身を進化させていかないとビジネスが進化していかないのです。

最後に、今後の目標を教えてください。

楽天という会社を、“Rakuten”として、アメリカの多くの人たちに認識されるブランドにすることです。誰もがAmazonやGoogle、SONYやTOYOTAを知っているように、Rakutenを知っているという会社にしたいです。目標は3年以内。それくらいの速度でないと置いていかれてしまいます。
また長期的な目標は、楽天という日本発の会社を今後もずっと続くグローバルカンパニーにしていくことです。私がそのための基盤を作り、この意志を引き継いで発展させていってくれる次世代のリーダーを育てるところまでやり遂げたいです。

楽天アメリカ法人 Rakuten USA, Inc. 
社長 President
飯田 恭久 YAZ IIDA

1988年日本大学法学部卒業後、ポートランド州立大学にてマーケティングの学位を取得。日本大学大学院グローバルビジネス研究科修了(MBA)。ジレット、ディズニーという各分野で世界トップのグローバル企業で活躍し、2002年にダイソンの日本法人の代表に。2006年に楽天(株)に入社し、2008年より米国赴任。

Interview:Kaori Kenmizaki
※2018年6月29日取材