おいしくなければ広がらない。地域に根付き、学校給食にも寿司を。
寿司はロボットが握るもの。これが常識となる日が、もうすぐそこに来ている。
北米で寿司ロボットを販売するAUTEC Inc.は、味と品質を守りながら寿司のローカル化に奔走する注目の企業だ。事業拡大ときめ細やかなサービス提供のため、2016年にはブルックリンのインダストリーシティーにも新たな拠点を構えた。
寿司ロボットを武器に日本食文化の普及を仕掛ける若きトップ、田中上千(タカユキ)氏に聞く。
お客様の声を反映した商品。絶対に売れると確信していました。
事業内容とこれまでの歩みを教えてください。
55年以上前からレコードの針を製造・販売してきた、audio-technicaというオーディオ機器の会社が始まりです。
1980年代、レコードからCDの時代になり、ビジネスが低迷していた頃、金型整形と半導体技術などを生かした音響以外の商品開発に乗り出しました。社内でアイデアコンテストを開いたところ、食品関係の案が多く挙がり、1983年に子ども向けの簡単な寿司を作るおもちゃ「にぎりっこ」を作って販売しました。このおもちゃはテレビコマーシャルや「ウォールストリート」(1987年)というハリウッド映画に登場するなど国内外のメディアからも注目を集めましたが、売上面では思わしい結果は得られませんでした。
しかし、その数年後、「寿司ブーム」が起きて高級食だった寿司がスーパーや回転寿司レストランなどで手軽に食べられるようになった際に、タイミング良く業務用寿司ロボットを日本の市場に送り込むことができ、大ヒットを記録することができたのです。
アメリカに進出したきっかけは何ですか。
アメリカで寿司ブームが起こり、寿司を量産する需要が高まっていた2000年にアメリカ進出を果たしました。
オハイオ州に音響機器を販売しているaudio-technica U.S., Inc.があったことから、中西部を中心に寿司ロボットの販売を始めましたが、売れ行きは不調でした。中西部の人たちは生魚に対して保守的で、あまり寿司を食べないということが分かったのです。
そこで2年後に拠点を現在のカリフォルニア州トーランスに移転。当時、全米に約1万軒あった日本食レストランのうち33%はカリフォルニア州にあったことと、貿易上の利点や日系企業の多さなども手伝って、業績は上向きに転換しました。
市場が合っていれば商品は売れると、このとき実感しました。
業績が伸びるなかで見えた課題とは。
握り寿司用のロボットに次いでのり巻き用のロボットも開発しました。しかし機械自体が大きく値段も高額。アナログな成形方式だったため、形はできてもあまりおいしくなかったのです。
さらに、現地のお寿司屋さんに行くと、前日に炊いたお米を使っていたり、炊飯時の水加減や炊飯後の酢合わせのタイミングなどお米の基本知識が従業員ひとりひとりにまで周知されていなかったりと、おいしく作れない原因がほかにもあることが判明しました。
そこで、アメリカで使われているお米や炊飯器を日本に送り、試行錯誤を繰り返した結果、今の機械では安定した品質の寿司を作れないという結論に達し、アメリカ向けのロボット開発に乗り出しました。このとき、広いアメリカ国内で営業担当者が商品をひとりで運べるようにするため、航空会社の重量やサイズ制限に合うように設計し直し、商品をお客様の目に触れても見映えするデザインに変更。
こうしてアメリカ向けのモデルがもうすぐできあがるというタイミングで、リーマンショックの影響により、会社から撤退を命じられたのですが、諦め切れずに会社に増資を提案しました。業績不振だったためその案は通らなかったのですが、北米でのビジネスを続けるために独立したいと申し出たところ、その熱意が伝わり現在に至ります。2010年のことでした。
独立当時は、まだ29歳。さまざまな苦労があったと思います。
アメリカ向けに開発した新商品はお客様の声を反映した商品であり、必ず売れると確信していました。
アメリカ進出から10年が経ち、寿司ロボットのことを知っていただく機会が増えたこと、食の多様化が進み、健康食としての日本食がより注目されていたことなどが要因となり、独立後1年目から黒字を出し、5年後には過去の負債をすべて返済することができました。
その後、衛生面などをアメリカ国内の基準に合わせた新しい商品が誕生したのが3年前です。
最も需要が高い商品はどれですか。
のり巻き用のロボットです。握り寿司と比べてのり巻きは作るのに手間がかかるので、1日150本以上作る店であれば機械を使ったほうが効率的です。
また、弊社の商品を通して人材不足に悩む日本食レストランも応援できればと思います。
空きスペースを利用し小型ファストフード店をテナント化するフードコートビジネスの流行りや「ミールパル」(定額制のテイクアウトフードチケットの販売を加盟店の有益なデータ分析に結びつけるビジネス)のようなレストラン業界の新しい流れなども、新たなビジネスチャンスだと感じています。
ロボットで作るおいしさとは具体的に?
ご飯にお酢を混ぜるのも形を作るのも含めて、作ってすぐにお客様に提供するのがいちばんおいしい。最新技術を採用した寿司ロボットは、ヒーターによって人肌と同じ温度をキープできます。
また、できた寿司を口に入れたときの空気感なども緻密に計算し、成形後に冷えてしまった寿司でもお米が口の中でほどよく崩れ、その他の具材と上手に混ざるように開発されています。
非常に緻密に計算されていますね。
お客様からも好評をいただいております。誰でも簡単に使えて、自信を持っておすすめできる商品ですから。
おいしさを保つために実際にお客様の店に行って使用状況を見て、アドバイスをすることも大切にしています。
ハードだけ売っていても生き残れない。店のコスト計画などソフトも提案していかなければなりません。
東海岸にも拠点を構え、全米での業績の好調さが伺えます。
約2年前、東海岸の売り上げが伸びた結果、西海岸と東海岸の売り上げが半々になりました。
B to B(企業向け)ビジネスは企業の抱える問題に耳を傾け解決策を提案し、お客様とともに成長していかなければ成り立ちません。お客様の声をもっと近くで聞かなければ、良いサービスや商品の提案ができないと思い、東海岸への進出を決意しました。
ニューヨークオフィスを設立してから、ニューヨーク市内での売り上げは1.5倍に増え、独立当時3人だった社員も今では14人に増えました。ブルックリンのインダストリーシティーを選んだ理由は、情報やイノベーターが集まる場所で常に新しさを求めたかったからです。
今年は、カナダ支店(オンタリオ州)も開設しました。
ビジネスと同時に、地域貢献も行っていきたいそうですね。具体的な計画はありますか。
現在、日本食レストランは全米5,000店。各店が売り上げを伸ばすためには、経費の削減や仕事の効率化のほか、デリバリーのシステムを構築することも重要です。寿司ロボットを使えば1時間に2,400個の寿司を作れるので、開店前のケータリングビジネスなどを提案することもあります。そうすれば、地域のレストランが学校給食にも寿司を提供でき、地域に寿司文化を根付かせることにつながると考えています。
また以前、寿司のことを何も知らない3人のアメリカ人から寿司店をやりたいと連絡を受けて、オハイオ州で開業の手助けをしたことがあります。寿司を食べない地域だと思っていたオハイオでしたが、その店は今年10店舗目を開き、学校給食として寿司を提供し始め、ドキュメンタリー映画にもなる予定です。
地域に根付かせるという夢が、少しずつ形になっていますね。
ビジネスの多様化が進むなか、ハードだけ売っていても生き残れない。店のコスト計画などソフトも提案していかなければなりません。地域産業であることから、他都市の流行を知りたくてもあまり外に出る時間がないレストランのオーナーに、私たちが持っている情報を提供できれば、さらなるビジネスにつながる可能性もあります。
今後進出する地域はどこですか。
我々がターゲットとしなければならないのは、まだ寿司が広まっていない地域です。
全米にある日本食レストランのうち約6割が寿司を提供していますが、その多くは非日系人の店。実際に寿司を広めてくれているのは彼らであり、この現状でどうしたら寿司をピザやハンバーガーと同じくらい浸透させることができるかが鍵となります。例えば、まな板や包丁など日本食の伝統の部分が使いこなせていないとすれば、ファストフード店のように包丁を使わなくても作れる商品の開発を検討してみるなど、簡易化を促していかなければ、日本食のローカル化ができないのではないでしょうか。
麦の文化に米の文化が入っていくには、流通しているお米や現地の人の好みを分析し、さまざまな観点から「おいしい」を見つめ直す必要があります。ある会社の統計調査によると、32%のアメリカ人が一度も寿司を食べたことがないという結果が出たといいますからね。
ニューヨークに赴任したのは2017年の12月だと伺いました。
はい。アメリカ生活は20年以上になりますが、ニューヨークに来てからは、まだ約9ヵ月です。
ニューヨークは本当に楽しい街ですね。新しい場所に行ってみたり、レストラン巡りをしたり、アートイベントに行ったり、飽きることがないです。
普段はどのような店で食事をしますか。
基本的にお客様のところに行くことがほとんどですが、話題になっているレストランにも行きます。最近はマンハッタンのザ・ダッチ(アメリカ料理店)に行きました。外観や内装を含め、雰囲気の良い店が好きです。
今後の展望を教えてください。
いくら便利でも、おいしくなければ広がらない。まずはおいしさを追求し続けます。
私も会社もニューヨークでは新参者なので、もっといろいろな人と出会って知名度を上げていかなければならない段階ですが、関連企業と提携して、事業拡大のためのノウハウの開発も行っていきたいです。
日本に興味を持ってくれる若者が多く集まるアニメやゲーム業界など、異なる業界とのコラボレーションイベントを開催するなどして、ひとりでも多くのアメリカ人に日本のことを好きになってもらいたい。そして寿司や日本食をハンバーガーやピザのようにもっと身近な存在に変化させていくための活動を続けていきたいと思います。
代表取締役社長兼CEO President & CEO
田中 上千 TAKAYUKI TANAKA
1981年、愛知県生まれ。カリフォルニア州のクレアモント大学を卒業後、2004年audio-technicaにアメリカの現地採用社員として入社。2010年、同社をマネジメントバイアウトし独立。同時に代表取締役社長兼CEOに就任した。新たな趣味としてゴルフを始めようと計画中。
Interview:Miho Kanai
Photo:Yusaku Takeda
※2018年8月27日取材
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