Toray Fluorofibers (America), Inc.
2032 Hwy 20, Decatur, AL 35601
滋賀県出身。京都工芸繊維大学卒。1991年、東レ株式会社入社、愛媛工場のポリエステル繊維技術部署に配属。その後、マレーシアの関係会社に出向。帰国後、愛媛工場、大阪本社、名古屋事業場、愛媛工場の生産・技術部署でのポリエステル繊維・ナイロン繊維・PPS繊維の生産・技術業務に携わる。2010年からTorayFluorofibers(America)社に赴任。16年10月から現職。
不可能を可能にする他では代替できない
特殊繊維で世界に貢献する
唯一無二の滑らかさと安定性を誇るフッ素繊維。普段の生活では目に触れることはないが、
実はしっかりと私たちの生活と安全を支えている優れもの。TorayFluorofibers(America)社(TFA)は、
アラバマ州に本拠を置く、アメリカで唯一のフッ素繊維を製造・販売する会社だ。
ー 東レグループの事業概要は。
東レ株式会社は、1926年に滋賀県大津市にてレーヨン繊維の製造・販売会社である東洋レーヨン株式会社としてスタートし(70年東レ株式会社へ社名変更)、その後ナイロン、ポリエステル(商標テトロン)、アクリル(商標トレロン)の3大合繊の生産を開始しました。現在3大合繊全てを自社で生産しているのは世界でも東レのみです。フィルム、樹脂、炭素繊維などの分野に進出し、現在は国内103社、海外180社、従業員4万6,000人規模の繊維・機能化成品・炭素繊維複合材料・環境エンジニアリング、ライフサイエンス分野などの製品を製造・販売している総合素材企業です。
ー アメリカでの事業展開については。
1965年ニューヨーク州に事務所を開設し、85年、ロードアイランド州でフィルムの製造会社を買収、初の製造・販売会社を保有しました。97年に炭素繊維を製造・販売するTorayCarbonFibersAmerica社(CFA社:現TorayCompositeMaterialsAmerica社Decatur工場)を設立、2002年にTFA社を設立しました。東レとしてはTFA社事業開始後も、水処理事業会社の設立や、炭素繊維事業拡大のための炭素繊維製造および高次加工会社の事業買収などを継続し、現在8社の製造・販売会社とニューヨーク事務所、1社の商事会社をアメリカで展開しています。
フッ素繊維は「飛んできた火花を存在させない」
素材として、人の安全を確保します。
ー TFAの沿⾰は。
2002年に当時デュポン社が保有していたフッ素繊維事業を東レが買収しTFA社を設立、04年8月からここアラバマ州で、5年前に設立されていたCFA社が保有していた土地の一部を活用し、製造・販売を始めました。同社の設備の一部を共有でき、設備投資金額を抑制できることと、東レスタイルに慣れた同社の従業員にサポートしてもらうことで、生産開始を計画通りスタートアップできる期待があったことが理由です。また北アラバマは化学・製造メーカーが多く、製造業の経験のある従業員を確保できる期待もあり、この地を選びました。
主力製品のTeflonTMPTFEfiberは、高機能繊維として自動車から航空・宇宙まで幅広い分野で使われている
ー主⼒製品と用途は。
私どもはフッ素繊維をつくっています。一般的に、フッ素は馴染みのないものだと思いますが、フライパンのコーティングといえば分かりやすいのでしょうか。TFA社で扱っているPTFEと呼ばれる素材は、滑りやすく、熱および化学的に安定していることが特徴です。弊社ではこのコーティングに使用される素材を繊維化しています。繊維化の最大のメリットは、簡単に平面(織物やフェルトなど)や立体への加工ができることです。これによりフッ素の持つさまざまな機能が活用できるフィールドをつくり上げています。主な用途には、オイルレスベアリングを代表とする摺動材、化学工業などに使用されるセパレータや構造補強材、石炭ボイラーなどの燃焼ガスから異物を取り除くバグフィルターなどがあります。
ー 最近の新製品・新規展開は。
滑りやすさと、熱安定性を活かした耐熱防護服「商標BOGU」があります。溶鉱炉などで働く方々の着衣用保護具として使用されているアルミ蒸着品などに置き換わる素材で、飛散してきた火花をすぐに地面に落とすことができます。火花が飛んで来ても大丈夫な素材からの発想の転換で、フッ素繊維は「飛んできた火花を存在させない」素材として、人の安全を確保します。靴紐をダイヤルで締めるクロージャーシステムにも展開されています。従来のものは、締め付けが一部に偏り歩くうちに靴紐が緩んできて締め付けを繰り返す必要がありましたが、靴紐が当たるガイドの内側にフッ素繊維を使用することで、素早く均一な締め付けを得られ、軽量化にもつながります。
ー 新規用途や顧客開拓の流れは。
私どもはフッ素繊維をつくるところまでで、それを利用した製品をつくるのはお客様です。とはいえフッ素繊維の存在を知らずして、その利点を利用した製品は生まれません。そのために業界を超えてさまざまな展示会などにアプローチします。知らない人に会うのが大事なのです。そしてお客様や関係者から、直面している問題や不具合などの情報を入手します。これらをフッ素繊維の機能と各種のノウハウの組み合わせで解決できるかを考えます。解決できる可能性を見出せると、そのためのサンプル供給・実際の使用試験などを経て、商品化・採用へとつながります。素材だけでは何もできない。それぞれの持つ知識を、共同作業でソリューションに結びつける。そこに私どもの仕事の醍醐味があります。
ー 今、⼒を入れている用途は。
できる限り他の素材への置き換えが行われないような「フッ素繊維にしかできない」用途です。フッ素繊維は一般の合成繊維に比べ、非常に高価な特殊繊維です。なので、代替が可能な用途への展開はできる限り避けるようにしています。今までできなかったことがフッ素繊維のおかげで可能になり、生活が便利になることを一緒にみつけていく。この新しい価値の創造を通じて社会に貢献したいと思っています。
フッ素繊維のソリューションを熱く語ってくれた横田氏。愛車とTFA本社前にて
ー 技術⾰新と製品の将来については。
フッ素繊維は開発されてから70年を迎えますが、現在に至るまで、滑りやすさにおいてこれを凌駕する素材は出てきていません。科学技術は想像を超えるスピードで発展しています。ただ、素材産業という点において、フッ素繊維は今までも、これからも使われる素材です。これを新たな商品や技術にどのように使えるかを、絶えず検証していくことが重要だと考えます。技術革新は終わりなく続きます。滑りやすく熱や化学的に安定なフッ素という素材の展開も、終わりなく続くものと考えています。
今までできなかったことがフッ素繊維のおかげで可能になり、
生活が便利になることを一緒にみつけていく。
ー 他社との差別化は。
北米の競合他社はありません。特殊な分野なので、規模よりも質と特性で勝負する業界だと自負しています。TFA社のフッ素繊維の特徴は、繊維の断面が丸いことです。これにより、フッ素の大きな機能である滑りやすさを最大限に活かすことができます。この特徴を活用した用途がオイルレスベアリングです。ベアリングといえば、金属のボールが内蔵されているものを想像されると思いますが、フッ素繊維を使用したベアリングは、金属ベアリングに必須であるオイルやグリースを必要としません。付帯設備の極小化・メンテナンスフリーが実現できることは私どもの製品の大きなメリットです。
ー コロナ禍での影響は。
本当に必要な部分にしか使われていない製品のため、大変だった業界に比べて影響は軽度だったと思います。全体的には低下し、お客様の業種によって多少上下はありましたが、安定している分野もありました。例えば、消毒剤に使われる原料の製造過程で必要なセパレータに私どもの製品が使われているので、コロナ禍でその需要は増えました。
ー アメリカに来て変化や気づきは。
2010年の渡米時、長男が14歳、次男が11歳、三男が3歳でした。当初は数年後の帰国を考えていましたが、子どもの進学やこちらの生活を経験していくことで、少しものの見え方が変わったように思います。一概に比較することはできませんが、日米どちらにも一長一短があると思います。
まず頭に浮かぶのが食べ物ですが、日本は地域ごとに特産品があり、食の幅の広さは限りないと思います。一方アメリカは、どこでも同じものを食べることはできますが、選択肢が少ない点は否めません。10年間の経験で、どうしても食べたいものは自分で作るようになりました。
家族や地域社会を非常に大切にするところはアメリカの良いところだと思います。アラバマ州はアメリカのプロスポーツチームが無いのですが、そのせいか、至る所で子どもから大人まで、アラバマ大学やオーバーン大学のロゴ入りの服や帽子を身に着けています。「サザンホスピタリティー」というのでしょうか、人々も皆親切で気さくに声を掛けてくれます。仕事面では日本人は「計画を立てるのが上手い」のに対し、アメリカ人は「対処するのが上手い」ように思います。業務や日常生活では上手くいかないことのほうが多いので、対処上手なほうがストレスがたまらずに良いのかもしれません。ただ、約束の時間の幅が数時間あったり、約束したのに全く連絡がなかったりということが頻繁にあるので、ここはちょっと改善の余地があるかと思います。
ー アメリカ進出を⽬指す企業へアドバイスを。
一番大事なことは安全です。アメリカは銃社会であることをしっかりと認識して、その上で自分や家族の安全を確保する手段を考え、対応することです。次に、アメリカの文化や習慣に敬意を払うことだと思います。全ての事柄において、より良いことはあっても、絶対に正しい、もしくはベストと言い切れることはありません。いつも客観的に物事を判断し、かつ現地の人や文化に敬意を払って行動することが大切です。これらを従業員やご家族にしっかり伝えた上で進出すれば成功すると思います。
アトランタ・テネシー・アラバマ・テキサス便利帳 Vol.18本誌掲載
Interviewer : Hisashi Abe
Editor : Sonoko Kawahara
2022 年 3 月 31 日取材
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