【ニューヨーク便利帳 特別インタビュー】ニューヨーク日本人学校/森本恵作校長

Principal
森本恵作
(もりもと・けいさく)

愛知県出身。教職歴28年。2007〜10年まで、文部科学省の海外教員派遣制度により台湾・高雄日本人学校に赴任。2025年4月、同制度にてニューヨーク日本人学校の校長に就任。現在は、保護者と地域全体で子どもたちを育てる学校づくりに力を注いでいる。趣味はギターで、大学時代にはビートルズのコピーバンドを組むほどの大ファン。ニューヨークではセントラルパークのストロベリーフィールズでジョン・レノンの面影を偲ぶ。

ニューヨーク日本人学校

The Japanese School of New York / The Greenwich Japanese School
6 Riverside Ave, Riverside, CT 06878
Tel (203) 629-9039

 

日米両方の教育に触れることは、
自分を見つめる鏡を持つこと

 

開校50周年を迎えたニューヨーク日本人学校。地域と保護者の支え、そして日本の教育に真剣に向き合う教師たちの情熱がその歴史を築いてきた。「誰も置き去りにしない」日本の教育と、個の責任を重んじるアメリカの教育観を対比させ、全日校の意義を語る。50周年は「はじめの一歩」に過ぎない。

 

ー 開校50周年を迎えた感想は。

古い記録をひもとくと、日本人学校としては長い50年の歴史のなかで、4度の移転を経験し、そのたびに大きな課題を乗り越えてきたことが分かります。こうした学校の歴史を知るにつれ、私がこの学校にいることの意味と責任の重さを改めて実感しています。9月2日には開校50周年記念式典を開催し、たくさんの来賓の方々にご臨席いただくことができました。和太鼓演奏者の加藤拓三氏とそのご家族をお迎えし、「全米50州1000回 平和と感謝の響き」と題した演奏会を実施、記念すべき日を彩っていただきました。加藤氏は、アメリカで和太鼓公演1,000回達成という目標を掲げ、こちらへ引っ越してきた方です。演奏を通して、今ある環境に満足せず、自らの力で道を切り開く加藤氏の姿に、「これこそ国際的な日本人のあり方だ」と強く感銘を受けるとともに、子どもたちにとって有意義な時間となったことを、大変うれしく思います。後半は子どもたちによる祝賀会が行われました。子どもたちが中心となり、その周りを保護者の皆様が囲んでいる―。学校と地域、そして保護者の皆様が一体となって子どもたちを支えてきた50年間のつながりを肌で感じられました。子どもたちと一緒にこの節目を祝うことができ、心から感謝しています。

「これだから教師はやめられないですね」と教師としての原動力を語る森本校長

ー 教師としてやりがいを感じる瞬間は。

初めての台湾の日本人学校での勤務に続き、今回が2度目の日本人学校での勤務となります。これまでの経験で感じたのは、日本人学校に通う子どもたちの「知りたい」という純粋な意欲が人一倍強いことです。特に多感な中学生は、些細なことで傷ついたり、大きな壁にぶつかったりすることもあります。しかし、そんな彼らが慣れない環境のなかでも、目標に向かってひたむきに努力する姿は、本当に美しいものです。私は小学校、中学校の両方で教鞭をとってきました。子どもたちの成長や心の変化を間近で感じられるのは、教師としての喜びです。同じ言葉をかけても、日によって反応は変わります。だからこそ、どう寄り添うべきかを考え抜くことが求められます。特に学校祭や運動会では、本番に向けて前進するたくましい姿が見られます。そうして積み重ねた日々の先に、ようやく本番を迎えます。最後のステージで涙を流す子どもたちの姿を目の当たりにすると、「これだから教師はやめられない」と思えます。日本の学校では、結果だけでなく、本番に至るまでの過程を大切にしています。挑戦を通じて壁に向き合わせることで、迷い、葛藤しながら成長していく。その先にある感動こそが、大きな学びになります。こうした「過程を重視する教育」は日本ならではの特徴であり、その歩みに伴走できることが、教師としての何よりのやりがいです。

 

ー 全日校を選ぶメリットは。

アメリカの「個を重視する教育」と日本の「集団を重視する教育」、その両方が合わさった教育環境で学ぶことができる点です。一般的に、アメリカの学校は「インクルーシブ(包括的)」だとよく言われます。どのような背景を持つ子でも居場所を感じられるように、臨床心理士やスクールナースの部屋など、子どもが逃げ込める環境づくりに力を入れているようです。その根底には、結果を重視し、個人の責任と見なされる考え方があるのでしょう。一方、日本の学校教育では従来から「あなたは大切な1人で、ここにいてよい存在。だからこそ、最後までやり遂げなさい」と、教師が子どもたちの居場所を保証しつつ、学ぶ姿勢を求める傾向があります。管理、強制とマイナスに捉えられることもありますが、これは「絶対にどの子も置き去りにしない」「できるまで寄り添い続ける」という教育の責任の表れでもあります。こういった点が日本の教育の良さであり、ずっと続いてきた手法です。さらに、小学校低学年から10歳ごろまでに母語をしっかり身につけることは重要です。この時期に育まれる「母語で深く考える力」が、将来の思考や豊かな表現の揺るぎない土台となります。将来、日本語でも英語でも、その場や相手に合わせて言葉を道具として使い分けることができれば、一番理想的です。いずれ日本に帰国する予定がある、または日本語を使って何かに挑戦したいご家族には、日本人学校という選択をぜひ検討していただきたいと思います。

 

ー 日米両方の文化に触れるメリットは。

外国で初めて何かを体験するとき、比較から入ることがよくあります。例えば、水。他の水と比べて初めてその違いや価値に気づきます。良し悪しではなく、甘い、苦い、すっきりしているといった違いです。アメリカに来た子どもたちは、最初は日本の物差しでアメリカを見ますが、次第にアメリカの物差しで日本を見られるようになります。言葉も同じです。英語を学ぶなかで、「日本語ではどう言うのだろう」「日本語ならこう表現するのに」と考えるようになり、自然と日本語との違いや使い方を意識するようになります。日米の違いに触れる経験は、自分自身を見つめ直す鏡を持つことでもあります。両方の教育や文化に触れることで、自己理解を深め、自分の存在に対する価値を見出す貴重な機会を得られます。

 

ー 「現地理解教育」の取り組みは。

本校では独自の教育課程の元に、現地のネイティブ教師による英語科やアート科の授業を行っています。英語の物語の読み聞かせや、理科・算数などの内容を取り入れた教科横断型の英語学習を通して、子どもたちは自然に英語やアメリカ文化に慣れ親しんでいます。さらに、日本にはない教科「米国社会」では、アメリカの社会や歴史、グリニッチやニューヨークの成り立ち、ネイティブアメリカンの歴史などを幅広く学びます。学んだ内容を確かめる機会として、実際にアメリカの歴史的な場所を訪問することもあります。子どもたちは教科書で学んだことを自分の目で見ることで、学びが体験として心に残ります。現地校との交流も継続的に行っています。現地の学校の授業を一緒に受けたり、日本文化を伝えたりする活動を通して、同年代の子どもと触れ合うことは貴重な体験です。現地校を訪問すると、 子どもたちも英語で何か話してみようという気持ちが自然と湧き上がるようで、言葉や文化の壁を越えたコミュニケーションのきっかけや自信につながっています。スポーツを通しての交流も積極的に行っています。

運動会で一生懸命応援する子どもたち(提供写真)

ー 保護者に心がけてほしいことは。

親は子どもに近い存在だからこそ、何でも言いやすい反面、つい言いすぎてしまうこともあります。親子のような近い関係だからこそコミュニケーションというのは意外と難しいもの。そんなとき、大人にできるのは、子どもを信じて待つことです。もちろん、体験させる、方向づけることも必要です。ただ、大人が失敗をさせまいと気を配りすぎると、「失敗はいけないもの」として子どもに伝わってしまうこともあります。だからこそ、「頑張ったね、すごいね」と努力そのものや、小さな日々のちょっとした変化を認める言葉をかけることが大切です。このような姿勢は私たち教師にも必要なのですが、保護者の皆様にも「信じて待つ」「小さな頑張りを拾う」ことを学校と共通の方針として心がけていただけると、子どもは安心して学び始めると思います。

私たちは50周年を
「はじめの一歩」と捉えています。

 

ー 今後、目指す学校づくりは。

あるアメリカ人の方に、日本人学校の子どもたちが来校者にもあいさつをする姿や休み時間に友達と仲良く遊ぶ様子を見て「Well-Disciplined(しつけが行き届いた)」と言われたことがあります。もちろん、その方は子どもたちのことを褒めてくださったのですが、英語のニュアンスに疎い私は、アメリカの教育と比べると日本式の教育が「型にはまりすぎている」と言われたように感じ、少しネガティブに受け取ってしまいました。しかし後で調べてみると、この言葉には「よく訓練されている」「規律に従っている」という意味もあり、「自分を律する力がある」と解釈できると気づきました。そして今では、この自律性こそが、日本人学校の子どもたちが海外で最もアピールできる長所だと確信しています。周りに人がいて、そのなかに自分がいるという感覚を持ち、自分はどう立ち振る舞うべきかを考えられる。この力を育てられるのが、日本の教育なのではないでしょうか。こうした教育の在り方が、アメリカの方々にも影響を与えられるような学校づくりを目指していきたいです。私たちは50周年を「はじめの一歩」と捉えています。これからもこの学舎が続いていくよう、平和な社会を願うとともに、子どもたちには本校が大切にしてきた合言葉「Smile and Happiness」の実践者として、持続可能な世界に貢献していってほしいです。

 

Interviewer: Chihiro Abe
Photographer: Masaki Hori
2025年9月22日取材