小林賢介(ユニヴィスアメリカ会計事務所)
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タックスリターンとは
タックスリターンとは、日本で言う「確定申告書」、つまり年間の所得及びそれに対する納税額等の申告書類です。リターンという言葉からお金が戻ってくるというイメージを持たれがちですが、期中の税金の支払状況によってはタックスリターンの提出時に追加で納税が発生する場合もあります。英語の“return”という単語には”account or formal report”という意味が含まれているため、タックスリターンは税務申告書類と訳して捉えると理解しやすいでしょう。
タックスリターン提出義務者
日本と異なり、アメリカでは「年末調整」という制度はありません。そのため、給与所得のみであったとしても、源泉徴収が100%正確に行われることはまずあり得えないため、原則としてアメリカで所得のある全ての人がタックスリターンを行う必要があります。ただし、日本と異なり個人毎ではなく夫婦合算での申告も可能です。タックスリターンは所得を得ている人の義務であり、不動産を賃貸する際やビザ・グリーンカードを申請する際にも必要となる書類です。必ず期限内に提出するように心掛けましょう。
居住者/非居住者
個人税務において重要な考え方のひとつに居住者、非居住者という概念があります。アメリカの税制は非常に複雑ですが、個人のタックスリターンのメインの申告書類は居住者用のForm 1040と非居住者用のForm 1040NRの2種類のみしかありません。そのため、この区分が非常に重要となりますが、アメリカに住んでいれば居住者、アメリカ国外に住んでいれば非居住者という単純なものではありません。
基本的には暦年中に183日以上アメリカに滞在していた場合は居住者、それより少ない滞在だった場合には非居住者となります。ただし、Fビザ、Jビザの場合、一定年数までは当該滞在日数のカウント対象外となり、183日以上滞在していたとしても非居住者としての申告を要求されるなどの例外規定が多くあります。また、アメリカ市民権または永住権所持者は、居住地に関わらず常に居住者としての申告を要求されます。
居住者は居住者期間におけるアメリカを含む全世界の所得に対して課税を受けるのに対し、非居住者はアメリカ国内源泉所得のみが申告対象となります。税率は居住者、非居住者に差異はありませんが、Child Tax Credit及びOther Dependent Credit等、居住者のみに認められた税制優遇処置が多くなっています。ただし、居住者として申告するか非居住者として申告するかは原則として選択適用ではないため、ガイドラインに沿った判断が必要になります。
入国年、出国年は要注意
アメリカに最初に入国した年及びアメリカから出国した年(日本に帰国等)は、暦年中にアメリカ居住者である期間と非居住者である期間が混在するDual Statusという特殊な状況になる場合があります。Dual Statusの場合、居住者用のForm 1040及び非居住者用のForm 1040NR両方を用いて申告を行う必要があります。
例)アメリカに2023年3月1日に入国した場合、2023年のアメリカ滞在期間は183日を超えるため居住者用のForm 1040での申告が必要になります。ただし、居住者として認識されるのは原則として2023年3月1日以降であり、それ以前は非居住者として扱われ、その間のアメリカ国外所得はタックスリターンで申告する必要はなく、アメリカの課税対象外となります。
申告期限
個人の申告は暦年所得が対象であり、原則として翌年の4月15日が申告及び納税期限です。申告期限に関しては、延長申請をすることで10月15日まで延ばすことができますが、納税期限は延ばすことができません。そのため、申告期限の延長申請の際には必要に応じて予定納税することが求められます。期中の納税が十分になされていない場合、州によっては延長申請自体が否認されることもあるため特にご注意ください。
申告ステータス
日本では婚姻ステータスに関わらず、個々の所得に応じて税率が決定されます。しかし、米国においては世帯収入(夫婦合算の収入)に対する課税を選択することが可能となっています。これを夫婦合算申告(Married filing jointly)と呼びます。この制度により、概ね夫婦の平均所得に基づく税率により課税を受けることができます。個別の事情により夫婦合算申告を行うことができない場合を除き、基本的には各々が別で申告するよりも夫婦合算申告を選択したほうが課税上は有利になります。
扶養控除
上述の通り、夫婦合算申告という制度が米国には存在するため、配偶者を扶養に入れるという考え方はありません。一方で、子供や両親等を扶養している場合には、一定の税額控除制度が存在します。
Child Tax Credit
ソーシャル・セキュリティー・ナンバー(SSN)を保有する17歳未満の子どものいる家庭に与えられる税額控除です。2023年は子ども1人当たり2,000ドルの税額控除を受けることが可能となっています。ただし、所得制限があり、世帯年収が40万ドル(夫婦別申告の場合は20万ドル)を超える場合には当該控除を適用することはできません。
Other Dependent Credit
SSNを保有していない子供(Individual Tax Identification Number (ITIN)の申請が必要)、両親、親戚等を扶養している場合、1人当たり500ドルの税額控除を得ることができます。こちらも同様に所得制限があり、世帯年収が40万ドル(夫婦別申告の場合は20万ドル)を超える場合には当該控除を適用することはできません。
※上記Child Tax Credit及びOther Dependent Creditは、居住者として申告する場合にのみ適用可能である点に注意が必要です。
所得税率
アメリカの所得税制は日本同様「累進課税制度」です。すなわち、所得に対して一律に同じ税率が課されるわけではなく、所得水準に応じて負担する税率が異なってきます。
2023年の連邦税の税率は以下の通りです。
Federal income tax rates | ||
税率 | 単身者または夫婦個別申告(ドル) | 夫婦合算申告(ドル) |
10.0% | $0 – $11,000 | $0 – $22,000 |
12.0% | $11,001 – $44,725 | $22,001 – $89,450 |
22.0% | $44,726 – $95,375 | $89,451 – $190,750 |
24.0% | $95,376 – $182,100 | $190,751 – $364,200 |
32.0% | $182,101 – $231,250 | $364,201 – $462,500 |
35.0% | $231,251 – $578,125 | $462,501 – $693,750 |
37.0% | $578,126 or more | $693,751 or more |
上記連邦税に加え、居住地に応じて州税及び市税が発生します。州税は州法により大きく異なり、テキサス州やフロリダ州のように州税がゼロの州もあれば、ニューヨーク市のようにニューヨーク州税に加えて市税を負担しなければならない州もあります。州税も基本的には累進課税です。
2023年のニューヨーク州およびニューヨーク市の税率は以下の通りです。
New York State Income Tax Rates(ニューヨーク州) | ||
税率 | 単身者または夫婦個別申告(ドル) | 夫婦合算申告(ドル) |
4.00% | $0 – $8,500 | $0 – $17,150 |
4.50% | $8,501 – $11,700 | $17,151 – $23,600 |
5.25% | $11,701 – $13,900 | $23,601 – $27,900 |
5.50% | $13,901 – $80,650 | $27,901 – $161,550 |
6.00% | $80,651 – 215,400 | $161,551 – $323,200 |
6.85% | $215,401 – $1,077,550 | $323,201 – $2,155,350 |
9.65% | $1,077,551 – 5,000,000 | $2,155,351 and $5,000,000 |
10.30% | $5,000,001 – 25,000,000 | $5,000,001 and $25,000,000 |
10.90% | $25,000,001 and more | $25,000,001 and more |
New York City Income Tax Rates(ニューヨーク市) | ||
税率 | 単身者または夫婦個別申告(ドル) | 夫婦合算申告(ドル) |
3.078% | $0 – $12,000 | $0 – $21,600 |
3.762% | $12,001 – $25,000 | $21,601 – $45,000 |
3.819% | $25,001 – $50,000 | $45,001 – $90,000 |
3.876% | $50,001 and more | $90,001 and more |
SSNに代わるITIN
アメリカにおける納税情報は原則としてSSNを元に管理されています。そのため、アメリカで納税が必要な場合SSN情報を税務当局に提出する必要がありますが、アメリカ市民でない場合SSNを取得できない場合があります。例えば、H1Bビザの配偶者・扶養者や日本居住者でアメリカに不動産投資している個人は納税目的から納税者番号が必要になりますが、SSNを取得することはできません。このように、SSNを保有していない個人がその代わりに取得するのがITINです。
ITINは納税管理の目的のみでしか使用することができないため、原則としてタックスリターンに合わせて取得の申請処理を行います。申請に際しては、パスポート原本又は米国領事館で発行されるパスポート公証をタックスリターンに添付して提出することが求められます。そのため、タックスリターンの電子申告は認められず、郵送での申告のみ有効となります。
タックスリターン作成方法
日本と比べてアメリカのタックスリターンの仕組みは圧倒的に複雑であり、税務の専門家でもシステムを使用しないで正確に作成することは非常に困難です。そのため、市販のタックスリターンソフトウェアを用いて作成するか専門家に作成を依頼することが一般的となっています。所得が給与所得のみしかなく、控除対象となるような経費もほとんどないような場合、コスト節約のため自身で作成する方もいますが、市販のソフトウェアは基本的に居住者を対象とした仕組みになっているため、非居住者のタックスリターンや日米租税条約には対応できない場合も多くなっています。従い、所得が給与所得のみしかなく、控除対象となるような経費もほとんどないような場合にはコスト節約のためにも市販のタックスリターンソフトウェアを用いて自身で作成可能な場合もあるが、少しでも複雑なことがある場合や非居住者またはDual Statusに該当する場合には専門家に依頼することが一般的である。
外国金融資産報告
タックスリターンとは別になりますが、同じタイミングでFBAR (Foreign bank and Financial Accounts) と呼ばれる米国外金融資産(例:日本の銀行、証券残高)報告義務があることを忘れてはいけません。合計1万ドル以上の金融資産を米国外に保有している人が対象であり、資産を保有していること自体に対する課税はありませんが、故意に当該報告を怠った場合、最高10万ドル又は残高の50%のどちらか多いほうの罰金、5年までの禁固刑と、ペナルティーは非常に重たいものとなっています。専門家にタックスリターンを依頼する場合、通常この報告も合わせて対応してくれますが、自分でタックスリターンを作成する場合には申告漏れがないよう十分にご注意ください。
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