<ニューヨークで活躍するひと>演出家、アクティングコーチ、舞台女優。3つの顔を持つ団こと葉インタビュー 

アメリカ最大規模の演劇祭である「ニューヨーク・シアター・フェスティバル(New York Theatre Festival)」。
2018年のニューヨーク・シアター・フェスティバルに選抜された短編作品「ウォッチ(A Watch)」は、計3回の公演すべてを満席にて終えた。

「ウォッチ」の演出家を務めるのは、日本人の団 こと葉(だんことば)さん。今回はその「ウォッチ」の観劇レポートと共に、団さんにお話を伺ってきました。

ニューヨーク便利帳
編集部
小林 可奈 
ニューヨーク在住歴:2年

リアルなニューヨーカーを描いた「ウォッチ(A Watch)」

若手クリエイターにとっては登竜門でもある、ニューヨーク・シアター・フェスティバル。7〜10月に行われたSummerfestでは、新作の短編ミュージカルや芝居が、毎日5作品ずつ同時上演されました。

今回ご紹介する「ウォッチ」は、9月20〜23日に、マンハッタン・チェルシーにあるハドソン・ギルド・シアター(Hudson Guild Theater)にて上演された、15分の短編のお芝居です。

ウォッチ A Watch

演出: 団こと葉
脚本: ユーリン・ナム
出演: ヘレン・カシャップ、ユーリン・ナム

「ウォッチ」は、日本人の演出家である団こと葉、韓国人の脚本家で女優のユーリン・ナム、カナダ出身のアメリカ人女優ヘレン・カシャップの3人によるプロジェクト。

ある夏の夜、シャノン(カシャップ)はエイプリル(ナム)をブルックリンの公園に呼び出す。友達というよりも姉妹のような関係のふたりは、マンハッタンの夜景を前に語り合う。
仕事や恋愛の悩み、将来帰国すべきかどうかなど、さまざまな葛藤がある中、笑って泣いて前へ進む–。

故郷を離れてニューヨークへたどり着いた若者たち。夢を追いかけて、やりたいことを探して前に進んでいるのに、どこかハムスターの回し車に乗っているだけのような気がしてくる。そんな若いニューヨーカーの誰もが感じたことのあるもどかしさを優しく柔らかく描き出した繊細なお芝居は、ニューヨークで夢を追う全ての若者へ贈る、ささやかな応援歌のようでした。

舞台となるブルックリン・グリーンポイントにあるトランスミッターパークでのリハーサル風景

マンハッタンの景色がどこか懐かしいように感じたのは、自分自身をシャノンやエイプリルに投影していたからでしょうか。ふたりの会話の内容はとてもリアルで、芝居を観ながら自然と頷いてしまうほどに共感できる部分がたくさん。
当日上演された5作品の中でもいちばん観客が入り込んでいた印象が強く、自分も舞台となっている公園にいるような錯覚に陥りました。

その「ウォッチ」で演出家を務めるのは、日本人の団 こと葉(だんことば)さん。
アクティングコーチ、演出家、舞台女優として、日本そしてニューヨークで活躍する団さんに、上演前にお話を伺いました。

日本で始めた舞台女優という仕事

昨日の舞台初日はお疲れ様でした。反応はいかがでしたか?

作品は派手さはないものの、「描写が繊細」「芝居がリアル」「終わった後ほっとする、心温まる」など、日本人らしい繊細な演出についてご好評いただきました。
ニューヨークの母校である演劇学校で出会った、女性3人でのプロジェクトだったのですが、Female Powerを感じてもらえたら嬉しいです。

今回の作品は演出家ですが、元は舞台女優だったと伺いました。女優になったきっかけは何でしょうか?

クラシックバレエを8歳から始め、ダンスが好きで得意だったので、コンテポラリーダンスやタップダンス、ジャズダンスも習いました。歌にも興味があり、始めてみたら楽しかった。
だったら、ダンスも歌も楽しめるミュージカルが自分には合っているんじゃないか?そうだ、東京に行ってミュージカルの勉強をしよう。
そう思って、当時住んでいた滋賀県の高校を卒業後に上京し、舞台芸術学院のミュージカルコースに入学しました。単純ですよね(笑)。

19歳のとき、初めて受けた劇団四季のオーディションに合格し、入団しました。アンサンブルダンサーを2年、次第に演技力が認められてメインキャストに配役されていきました。その後12年間、年間平均200ステージをこなしました。

日本で活躍していた団さんが、ニューヨークへ来ることになったきっかけは何ですか?

2010年、持病の心臓発作が悪化し、手術が必要になりました。舞台の仕事を半年間ほど休むことになったのです。
どうせ身体が動かせないなら何か吸収しようと思い、本屋に行ってあらん限りの演劇書を買って読み漁りました。その中の一つ、アメリカの舞台女優ウタ・ハーゲンの著書に感銘を受けたんです。
当時の私は、一つの葛藤にぶつかっていました。「役を生きる俳優」になるってどういうことだろう。哲学だけではなく、演技の理解をもっと深めたいと思っていたところに、この本を読みました。自分の中で長年探し続けていたことの答えが見つかった気がしたんです。
実は著者のウタ・ハーゲンは、アルパチーノ、ウーピー・ゴールドバーグ、サラ・ジェシカ・パーカーなど、数多くの名優を輩出したニューヨークにあるHBスタジオ演劇学校の創立者の一人でもあります。
これが最初にニューヨークを意識したきっかけです。

療養後は女優に復帰し、さらに大役を務めることになっていきました。
ところが2013年末、ミュージカル「キャッツ」の本番中、今度は舞台上で背中の靭帯を切ってしまいました。

本番中ということは、舞台にも影響が出てしまったのでしょうか。

私たち劇団四季の団員はプロなので、40度の高熱が出ようが、怪我をしようが、何事もなかったかのように歌うし踊る。最後まで役を演じ切ります。
ですが背中の靭帯を切ったときはさすがに、痛みでしばらく動けなかった。舞台を壊してしまったと思いましたが、実際には2〜3秒のことだったようです。舞台を降りるまで誰にも気付かれなかった。

その後は、無理をしないように出番の少ない役や無理な動きをしない役のみを務めるようになりました。また、リハビリを続けながら、後輩の指導や、小学校へ「美しい日本語の話し方」の出張授業を行うなどの活動も積極的に行いました。それでも、その後1年の間に、3回も靭帯を切ってしまったのです。舞台が終わると、しばらくは痛くて動けないような状態が続きました。

大好きな舞台だからこそ、嫌いになりたくなかった。嫌いになる前に、舞台を一旦離れようと思いました。そして2014年、治療に専念するため、長期休養に踏み切る決意をしました。

そして活動の場はニューヨークへ

怪我のためにキャリアチェンジを余儀なくされたわけですが、そこに葛藤はありましたか?

悩んでいてもしょうがないですし、今の自分ができることは何だろうと考えていましたね。今まで12年間、女優としてアウトプットを続けてきたので、今度は新しいことをインプットする必要があると感じていました。インプットをしないと、同じ場所で立ち止まっていることになってしまう。むしろこの休養期間は、前に進むチャンスだと思いました。

ちょうどこのとき、心理学者であり作家でもある父の展示会がニューヨークで開催されることになり、そのお手伝いで一緒にニューヨークへ来ることになりました。
それで数年前に感銘を受けた、あのウタ・ハーゲンの演劇書、そしてHBスタジオのことを思い出したんです。
HBスタジオで見学させてもらい、興味があるという話をスタッフにしたら、じゃあ入学願書を出してみたらと。3分間の一人芝居のビデオを2本、さらに日本での経歴を提出しました。そしたら合格。
すごく順調、とんとん拍子でした。今の自分がやりたいこと、できること、そのタイミング。今までの積み重ねの全てが、ニューヨークへと繋がっているような気がしたんです。

ゼロから英語を学び、そして2015年、生活の基盤をニューヨークへと移しました。

在学中の団さん

来米して3年ですが、ニューヨークではどのような活動をしていますか?

HBスタジオの2年間のシアター学部プログラムでは、日本ではまだあまり浸透していない演技法や呼吸法を学び、多方面から演劇や表現への理解を進めました。
オフ・ブロードウェイに女優として出演もしました。
女優から演出家にキャリアチェンジをしたわけではなく、演技指導、演出家、女優としての3本柱で活動しています。

ニューヨークではさまざまな分野の若いアーティストがたくさんいて、それをサポートする体制も整っているなと感じます。
自分の作品をたくさんの人に見てもらって、その反応を見る実験の場所でもある。ニューヨークでは、そういうチャンスがたくさん与えられていると感じます。

女優としてオフブロードウェイデビューを飾ったDistant Observerは、ニューヨークタイムズ他各紙で高い評価を得た

団さんから見た日本とニューヨークの大きな違いは何でしょう?

日本は完璧志向が強いので、完成されていないものを人に見せようとは思わないですよね。しかしニューヨークでは、トライ&エラーを繰り返せるところが好きです。
ニューヨークでは通常、本演の前にプレビュー公演を行います。プレビューの目的は、観客の反応を見ながら演技や演出など細部の調整を行うこと。
観客から有益なフィードバックをたくさんもらい、それを元に意見交換をし、さらに変更を加えていく。こうして揉まれることで、より良いお芝居ができあがっていきます。
ロングランの舞台や人気の演劇も、初めから完成された素晴らしい作品だったわけではありません。プレビューでの最終調整が作品の成功を大きく左右し、舞台の完成度を高めるのです。だから、プレビューと本番で全く違う内容になっている、なんてこともよくあります。
何度も失敗を繰り返し、それでも諦めることなく挑戦し続けたからこそ、初めて良い作品が生まれるんです。

Photo by Paula Court

日本からニューヨーク、そして世界へ

演出家やアクティングコーチとしての団さんの強みは何でしょうか?

演出家として働いているときは、洞察が深いと言われることが多いです。またアクティングコーチをしているときは、どう伝えたらわかりやすいのか、感覚に訴えた方が良いのか論理的に説明した方が良いのかなど、俳優さんの性格などを考慮するように気をつけています。
私自身が長年女優をしていたからこそ、俳優さんの立場になって考えることができるのが大きな強みだと思います。

お会いしてまだ1時間しか経っていないですが、団さんからタフでポジティブなエネルギーを感じると同時に、すごく冷静で合理的な印象も受けます。

例えば舞台の本番前に、自分に自信がないときって、必ずその原因がありますよね。そういうときは何が不安にさせるのか、そのリストを作って追求するようにしています。
今から改善できるのはどれか、時間的に諦めなければならないのはどれか。現実的に把握をして、全てクリアにしておきたいです。
根拠もなく大丈夫と楽観的に考えたり、逆に悲観的になることはないですね。物事をあるがままに受け止める努力をしています。すごくリアリスト(現実主義者)なんだと思います。

今後の活動の予定は?

在学中は一旦ニューヨークのみ、2017〜2018年は日本とニューヨークを行き来しながら両方で活動してきましたが、2019年からは東京に拠点を戻そうと思っています。
とはいえ、ニューヨークで出会った刺激的な仲間たちとは、今後も繋がっていきたいですね。
私もキャリアを再構築し、将来的には日本、アメリカのみならず、世界のいろんなところで、この縁を広げていくのが目標です。

団 こと葉(だんことば)
アクティングコーチ・演出家・舞台女優

京都府生まれ、滋賀県育ち。高校卒業後上京し、舞台芸術学院を首席で卒業。2003年劇団四季入団。ダンス・歌・芝居三拍子揃った舞台女優として数々の有名ミュージカルでの主要キャストなどを12年務める。2015年よりニューヨークの老舗演劇学校HBスタジオに入学。ニューヨークでもパフォーマーとして舞台出演、演出家/振付家として舞台を制作するなど精力的に活動。現在ニューヨーク・東京にて定期的に演技ワークショップを主催。