President & CEO
藤澤堅一(ふじさわ・けんいち)
1993年に矢崎総業入社後、自動車部品ワイヤーハーネス部門に所属。以後30年にわたり海外と密接な関係にある薬務を担当。97年のメキシコ赴任以降、3度の北米域への赴任で通算15年間メキシコ駐在。メキシコおよび中来域のワイヤーハーネス生産工場経営に従事。2021年、矢崎ノースアメリカCOO就任、23年6月から現戦。
「つなぐ」をテーマに
世界中の人たちに喜びを伝えたい
自動車用ワイヤーハーネスのシェアで世界トップクラスを誇る、矢崎総業。同社海外グループの重要拠点メキシコ法人は、1982年チワワ州シウダファーレスで創業。メキシコ国内では現在、50以上の工場を展開し、従業員5万5,000人を抱える。北・中米での事業を管轄する矢崎ノースアメリカ President & CEOの藤澤堅一氏に、ワイヤーハーネス事業と、同社が取り組む新しい試みについて聞いた。
ー ワイヤーハーネスの役割は。
ワイヤーハーネス(自動車用組電線)とは、自動車の電気回路を構成する複数の電線を束ねたもので、人間の神経や血管に例えられるものです。走る、止まる、曲がるといった基本性能以外に安全性や利便性を確保し、車両内の電気進行や電力を効率的に分配する重要な役割を担っています。役割は大きく分けて次の5つがあります。
バッテリーから各機能、エンジン、ライト、エアコンに電力を供給する電力供給の役割。センサーや制御ユニット間のデータ通信をサポートして、車両の各システムを機能させる、言い換えればつなぐ、信号伝達の役割。エアーバッグなど安全システムに必要な信号を伝達して緊急時の対応を可能にする安全機能の役割。ナビやオーディオなどの情報機器に電力や信号を供給する情報伝達の役割。そして車両の状態を監視して異常が発生した場合に診断情報を提供する車両診断の役割です。
ー 1台の車に使われるワイヤーハーネスの長さは。
車両のグレードによって異なります。一般的な車両で回路数が1,200ほど、総電線長は2キロメートル以上です。ハイグレードの車になると、回路数は4,000を超えます。例えば20年以上前のコンパクトカーで、小型車が好まれる欧州向けの仕様ではたった400回路でした。大型・小型、機能によって回路数は変わり、高級車になればなるほど電線も回路数が多くなります。今はローグレード車でも回路数は昔の3倍に増えています。
ー 現在のワイヤーハーネスに求められていることと、その変化は。
自動車業界は「100年に一度の変革期」と言われるほど変わってきています。アメリカでEV車の新興メーカーが数多く誕生し、中国のEV車の台頭も著しいですよね。EV車では400~800ボルト以上の電圧を扱うので、ワイヤーハーネスにはより高度な絶縁体や熱の管理が要求されてきています。車両の総重量を減らすために、銅からアルミニウム電線、フラットなケーブルなどの軽量素材が使用されるようになっていますし、自動運転車が出てくると、正しく高性能なデータを電送するためには高速通信に必要な部材が求められてくるでしょう。
また、サステイナブルな、地球と環境に配慮したリサイクル可能な部材も徐々に増えてきています。ただ、メキシコ進出当時と比べてワイヤーハーネス自体の形態はあまり変わっていません。使用する部材が変化し、環境に配慮した会社の取り組みが求められてきていると思います。
ー 自動運転時代のワイヤーハーネスの役割や設計への影響は。
電線やケーブルの種類は変わるでしょうが、ワイヤーハーネスの「つなぐ」役割はガソリン車からEV車になっても、また自動運転になっても変わらないでしょう。それは今後も継続していくと思います。
アメリカの大型四輪駆動EV車のワイヤーハーネスは大型化・複雑化が進んでいます。回路数は1,000超、重さは30~50キログラムに達することもあります。ただ、構造が複雑なため、組み立て作業の多くはいまだに手作業に頼っているのが現状です。私たちは、機械が判断や監視などの作業を代行し、作業者がより付加価値の高い業務に専念できるよう、自動化しやすいワイヤーハーネスの設計をお客様とともに強化していきたいと考えています。
ー アメリカの関税政策の影響は。
非常に深刻な問題です。「工場をアメリカに戻せ」とは言っても戻すには5年以上かかる。そう簡単にはいかないでしょう。私たちは現在、メキシコ・アメリカのお客様に納入する製品のほとんどをメキシコや中米域で生産していますが、USMCA(アメリカ・メキシコ・カナダ自由貿易協定)が無効になって、すべてに関税がかかるとしたら、その影響は計り知れません。ワイヤーハーネスを構成する部品群すべてを域内で生産しているわけではなく、ヨーロッパやアジアからも調達してきているわけですから、それらすべてに関税がかかるとしたら莫大な金額になります。これは、自動車の価格にも直結する深刻な問題です。
ー 競争力の維持・強化については。
矢崎グループは現在、46の国と地域で展開していますが、北米地域では鍵となる次の5項目を推進しています。
1つ目はイノベーションの推進です。矢崎技術開発研究所アメリカ(カリフォルニア州)、矢崎イノベーション(テキサス州)を別会社として創設し、革新的な技術・事業の開発を継続的に推進しています。2つ目はグローバル人材の育成です。域内または他地域から優秀な人材を登用し、多様な文化や市場に対応できる人材および国際的な視野を持つリーダーを育成するプログラムを推進しています。このプログラムでは、日本の矢崎で採用した新入社員を1年間、海外に派遣しており、今年も矢崎ノースアメリカでは6人ほど受け入れる予定です。3つ目は事業の多角化です。自動車産業への依存から脱し、農業やエネルギー分野など新しい事業にチャレンジし、現地の市場ニーズに合わせた製品やサービスの提供を目指しています。4つ目はステークホルダーとの関係強化です。矢崎グループは全世界で23万人、メキシコで約5万5,000人を雇用しています。地域社会との良好な関係維持は不可欠ですし、雇用、福利厚生など各拠点や地域からの期待も大きい。地域から必要とされ、矢崎ファンが増えブランド価値が高まるような活動を積極的に推進しています。5つ目がサプライチェーンの最適化です。域内の安全性を確保しながら、生産拠点を中米諸国にもシフトし、コスト削減を図ります。
ー 社外との連携など新たなビジネスへの取り組みは。
例えば、日本発のベンチャー企業が開発した高機能バイオを活用し、温室効果ガスの排出削減と化学肥料の使用削減、有機農業への転換を同時に実現する実証実験(PoC)を行っています。実験は、当社の拠点があるメキシコ・グアナファト州政府の協力の下で実施中です。PoCでは、農業残渣からつくられたバイオ炭と、現地で調達した有機肥料を併用し、レタス・ニンジンの栽培を通じてその効果を検証しています。メキシコでは深刻な土壌劣化が環境課題とされていますが、この取り組みによって土壌へのCO2固定による脱炭素の促進、化学肥料への依存軽減、そして持続可能な農業の支援を目指しています。
ー 短期的およびは中期的な目標は。
直近では、アメリカの関税政策への対応が最重要課題です。さらに、来年にはUSMCAの見直しが予定されており、関係国との綿密な調整が求められます。長期的な視点では、台頭する低価格製品との競争が避けられません。かつては「安かろう悪かろう」といわれていましたが、現在では価格が安い上に品質も高い製品が増えてきています。今後は、価格・品質の両面で市場競争力のある、持続可能な成長戦略を構築していかなければなりません。加えて2050年のカーボンニュートラル実現に向けた取り組みも重要です。再生・持続可能エネルギーの導入、環境付加提言に関する技術開発、地域提携、食糧確保のための農業分野での挑戦など、矢崎の「つなぐ」というテーマの下、世界中の人たちに喜んでもらえるような将来像が目標です。
ー この業界の面白さとは。
最新機能についての情報をいち早く知ることができ、技術革新や事業成長などダイナミックでチャレンジングな環境のなかに身を置けることです。さまざまな課題を克服して製品化したときの達成感はなにものにも変え難いです。また、メキシコだけでなく世界中の仲間と一緒に仕事ができるのも醍醐味です。

1年の半分以上はメキシコ工場に出張するという藤澤氏。現地スタッフとの信頼関係は厚い(提供写真)
ー メキシコ駐在時の思い出は。
メキシコに初めて赴任したのが1997年です。今年で入社して32年目、海外生活は21年目です。メキシコには通算15年駐在、今も1年の半分はメキシコに出張しています。初赴任は結婚式の翌月で、新婚旅行もメキシコ。新居は会社の寮でした。矢崎は新たな可能性を秘めた地方エリアに工場を建て、その地域の人々とともにものづくりをしていますが、私たちが生活したのも信号が1つしかない地方の遠隔地でした。現地スタッフと24時間体制で働いたり、交通事故を起こしても奇跡的に助かったり、ドラッグ戦争の真っ只中に防弾車で通勤したりなど、すべてが思い出です。メキシコ人はおおらかですが、当時は時間の概念が日本人とは違っていた。「牧場の牛が歩いて行ったから、いまは3時か4時だな」ですから(笑)。しかしいざとなったときはパワフルです。底力もある。メキシコ人スタッフあっての駐在生活でした。
これまでにいろいろな国と地域で仕事をしてきましたが、企業の持続的な成長のためには、メキシコ人であろうが、アメリカ人であろうが、アジア人であろうが、どれだけ泥臭く一緒に働けるか、付き合っていけるか、そこから生まれる信頼関係を基に人々がつながり、ともに成長できる喜びを分かち合うことがいちばん大切なことだと強く感じています。


