【Japan Pride 注目企業エグゼクティブインタビュー】JET America Inc. CEO 皆谷正人

CEO
皆谷正人(みなたに・まさと)
1981年生まれ。茨城県出身。新卒で電子部品商社に勤務し、5年間は中国駐在でEMS事業に従事。2023年5月JET入社、同年10月にアメリカ現地法人を設立。24年1月から従業員2名とともにアメリカでの事業を開始。年間約140日の出張をこなしながら、顧客獲得に向け奔走中。趣味はカラオケ、人と話すこと、ゴルフ、サーフィン、野球など 。極めて人が好きで、人に喜んでもらうことを自身の喜びとする。

JET America Inc.
100 E Royal Ln, Irving, TX 75039
Tel +1 (682) 999-0232
masato_minatani@jetcoltd.co.jp

 

規模やアイデアは一流でなくとも、
一流のスピードで一流に勝つ

岡山県を拠点に半導体洗浄装置の製造・販売を行うJET。2023年に東証スタンダードに上場し、その翌年にはアメリカ進出を果たすなど、スピード感を持った事業展開が特徴だ。転換期を迎えている半導体業界でどのように立ち回っていくのか、現状と将来の展望を聞いた。

 

ー 事業概要は。

弊社は半導体製造の前工程で使う洗浄装置を製造している専業メーカーであり、この分野で55年の歴史を誇ります。開発から設計、製造、輸出まですべて岡山県で行っている、日本のローカルな会社です。

 

ー 半導体の製造工程とは。

半導体製造には前工程と後工程があり 、平たくいうとシリコンウエハー(半導体の基盤となる円板)を処理するのが前工程、それを切り出したり削ったりするのが後工程です。皆さんが知っているインテル、サムスン、テキサス・インスツルメンツ(TI)などの半導体メーカーは、各工程に必要な装置を装置メーカーから購入し、それらを使用して工場で半導体を製造しています。ウエハーにパーティクルと呼ばれるちり、ごみ、ほこりなど目に見えないものが付着していると半導体の配線や導通を阻害するため、洗浄工程は必須です。微細加工になればなるほど、何百回も洗浄しなければ必要な基準のクリーン度に達しません。仮に100枚のウエハーの表面を洗浄して、99枚使える場合と50枚しか使えない場合では収益に大きく差が出ます。そのため、この洗浄工程は非常に重要です。

 

ー 洗浄装置については。

洗浄装置にはシングル(枚葉)とバッチという2つの装置があり、シングルは1枚 をきれいに洗い上げる装置で 、バッチが一度に50枚を薬液と超純水を使って洗い、それを何度か繰り返す装置です。世の中に出回っている洗浄装置の割合は、だいたいシングルが80%、バッチが20%です。このバッチにおいて、弊社は世界3位のシェアを保持しています。一方で、シングルはそれほど製品ラインナップは多くないものの、非常にユニークな開発商品を持っています。特許を取得しているシングルの装置に「HTS」というものがあり、これは日本政府が出資している半導体メーカー、ラピダスが開発中の回路幅2ナノメートルという最先端の半導体にも適用でき、本年中には同社への納入が決まっています。さらに、日本・海外問わず複数の有名メーカーからもデモの要望をいただくなど、アメリカ市場でも注目を集めています。

 

ー「HTS」の特徴は。

「HTS」は、まずウエハーを反転させてヒーターを上から直接ウエハーに照射し、下から薬液をスプレーする構造になっており、ウエハーを反転させてヒーターを使った洗浄というのが弊社独自の特許技術です。処理プロセスによって異なりますが、薬液の使用量が他社の装置に比べて約30〜95%削減可能です。また、洗浄にはフッ酸やリン酸、硫酸など、いわゆる劇薬と呼ばれる薬液を使うため、適切な処理をして廃棄しても環境に負荷がかかりますが、薬液の消費量が少なければ環境にもやさしくなります。さらに、薬液自体を使わない技術も現在開発中です。薬液の代わりにO3ガスを噴霧し、薬液を使った洗浄と同じ成果を出す技術で、実用化に向けてすでにいくつかの半導体メーカーにデモを披露している段階です。半導体が微細化するに伴い、洗浄技術も日進月歩で確実に進化していくので、お客様の声をきちんと聞ける環境を整え、何が求められているかをしっかりと把握する必要があります。それができる会社がこの業界をリードしていくでしょう。

 

独自開発の技術により特許を取得している「HTS」(提供写真)

 

ー アメリカ進出の背景は。

元々は韓国、中国、台湾、シンガポールなど、東アジアのお客様に特化したサービスをこの15年間展開してきました。ところが昨今、覇権争いともいえる米中の貿易摩擦や中台関係の緊張が、半導体業界にも大きく影響しています。最先端の半導体の90%は台湾のTSMCが 製造しており、アメリカでも最先端の軍事機器やAIにはTSMCで製造された、先端半導体が使われています。そのため、もし台湾が中国に統合でもされたら、大半の先端半導体は中国に取り込まれることになってしまうことになり一大事、ということでアメリカ政府は警戒し、TSMCにアリゾナに製造工場を建設するよう要請したと見てよいでしょう。アメリカ政府は覇権主義的な中国の勢いを阻止すべく、国内の半導体メーカーに多額の補助金を提供しています。そして半導体メーカーの工場が増えれば増えるほど装置メーカーの需要も当然高まり、このタイミングでわれわれも必ずアメリカに進出する必要がありました。これを契機に2024年1月1日、アメリカでの事業をスタートさせました。

 

ー 大きな転換期を迎えている。

最近、中国の企業ディープシークが生成AIを発表し、エヌビディアが設計するAI半導体よりも低コストだと話題になりました。このような競争は今後も続き、少なくとも2030年ごろには1兆ドルを超える市場規模になることが予想されます。規模、成長性、将来性、どれを取っても間違いなく上がっていく唯一の業界と言っても過言ではありません。そして、これほど魅力的な業界はないと思います。半導体装置メーカーとして、中長期的に見たらアメリカに進出しない手はなく、10年後に「あのとき進出しておいてよかったな」と思える確信があります。

 

ー アメリカ市場の開拓については。

この業界は非常に保守的であり、使ったことのないものを使うというのはハードルが高いのが現状です。業界の成長は間違いないと言いましたが、顧客の獲得は簡単ではありません。アメリカに来て、アポイントを取るのに最長で1年間待ちました。やっとアポイントが取れても分だけ、しかもビデオ会議で顔も映してくれない。それほど保守的な業界なのです。しかし、アポイントが取れないからといって落ち込んでいる暇はありません。最初は苦労しますが、どんどんトライして、契約が決まった先にはボーナスステージが待っているようなイメージです。そういう意味で、営業マンとしては今が最も価値のあるときだと思います。

2024年に開かれたセミコンウエストでは、桃太郎に扮した皆谷氏(中央左)。 「私は多弁なのでお調子者に見えるかもしれませんが、最も大事にしているのは誠意です」(提供写真)

ー 貴社の強みは。

まずは意思決定と事業展開の速さです。アイデアは二流であっても、一流のスピードで取り組めば 、一流に勝つこともできると考えます。まず発進したうえで、その後に調整を図り、途中で問題が発生しても経験値と知見を得ることができるので、結果的にはプラスになります。アメリカ進出についても、多くの日系企業が数年かけて準備するなか、弊社は半年ほどで実現しました。この意思決定の速さは武器だと思っています。次に、カスタマイズ能力です。装置メーカーの多くは標準機を提供しています。つまり、お客様の仕様に基づいて設計されているのではなく、装置の規格に沿って使ってくださいという売り方が基本です。それに対して弊社はお客様の仕様に基づいて、お客様のニーズに対応できる装置を1台1台つくるというやり方です。新しいことに挑戦したいけれど既存の装置では難しいというとき、われわれの強みが活かせます。最後に、岡山県の技術・開発陣の存在です。岡山県の人たちは非常に純粋で、心から真面目に仕事に向き合ってくれます。岡山県は日本でいちばん晴れの日が多い県として知られており、前向きな人が多いのは土地柄なのだと思います。

 

ー 修理サービスについては。

55年間培ってきたノウハウとベテラン社員の技術を駆使して、洗浄装置周りの修理サービスも始めました。循環ユニットの水道管や配管の修理など、単純なレベルの修理は現場でよくあることですが、実はこういった単純な修理は経営効率が悪いため、競合他社はあまりやりたがりません。弊社には30年以上にわたり修理に携わってきた社員が何人もいますので、その人材とアメリカの業者で タッグ を 組 ん で、修 理 サ ー ビ ス を 2 つ目の事業として展開していきます。修理だけでなく設計も提案するなど、いわゆるご用聞きをしながらお客様の困り事を解決するサービスを目指しています。半導体業界のなかには中堅以下の会社も多くありますから、そこをターゲットとし、このサービスに満足していただけたお客様に装置の紹介もする、という形で相乗効果を狙っていきたいです。

 

ー 今後の展望は。

「アメリカのお客様にとって当たり前の存在になる」というビジョンがあります。これは実績を積み重ねていけば確実にそうなると思っています。そして「世界のJET」にすることをミッションに掲げています。アメリカで発展していくということは世界に出るということですから、アメリカでの事業を成功させ、「世界のJET」にしていきたいです。また、アメリカの半導体業界において日本企業が個々の強みを出しながら、さらにもう一歩進んで各社が結束できればいいなと考えています。「One Japan」として業界内の存在感を高めていくことにより、日本企業が力強い存在感と位置をキープできるのではないかと思います。

 

Interviewer: Miho Kanai
Photographer: Reed J. Kenney
2025年2月18日取材

▼本誌掲載(まもなく発売)
アトランタ・ノースカロライナ・サウスカロライナ・テネシー・アラバマ・テキサス便利帳 Vol.21