グラミー賞受賞 作編曲家 宅見将典(Masa Takumi)が紐解くアメリカ進出の鍵

音楽の祭典「第67回グラミー賞」が、2月3日にロサンゼルスで開催される。今月、ロサンゼルス近郊で発生した山火事の影響により、授賞式が行われる週(通称:GRAMMY Week)の関連イベントは中止が相次ぎ、慈善団体MusiCares(ミュージケアーズ)ほか多くの音楽団体がチャリティーや救済活動に注力。その中で、グラミー賞を主催するThe Recording Academy(ザ・レコーディング・アカデミー)は復興支援を目的として授賞式を予定通り開催することを発表した。

今年は、日本人作編曲家・宅見将典さんがMasa Takumi名義でリリースしたシングル『Kashira』が「グローバル・ミュージック・パフォーマンス賞」にノミネートされている。2023年に自身初のグラミー賞を受賞した宅見さんの次なる挑戦と、日本の音楽業界に対する想いを伺った。

『Kashira』アートワーク。タイトルは「頭」から

―グラミー賞受賞後、文化庁長官表彰の受賞など多岐に渡るご活躍を拝見しました。“お知り合い”も増えたのでは?
そうですね。でも僕、誰に対しても同じ態度で接するようにしてるんです。これは母からの教えで。受賞後に手のひらを返すような態度を取ってくる人もいて戸惑ったこともありましたけど、それも僕が受賞したからこそで、ありがたいことだと思っています。本来なりたかった自分になれたという実感が湧きました。

岸田前内閣総理大臣の訪米を歓迎する午餐会にて

―シングル曲『Kashira』はどのような楽曲ですか?
日本では非常に人気の高いVシネマシリーズ『日本統一』の映画『氷室蓮司』の主題歌です。このタイアップのお話をいただいて書き下ろしました。前作『Sakura』は短期間で仕上げたアルバム(全8曲収録)でしたが、今回はこの一曲に費せる時間が十分にありました。時間があるからといって良い曲ができる、という訳でもないんですけどね。時が経つにつれて音楽のトレンドも変わっていくので。ただ、今回は時間に余裕がある中で録音機材をアップデートできました。

―口ずさみたくなるような三味線のメロディーが印象的です。海外のリスナーに向けた音作りで意識した点は。
キャッチーなメロディーは、僕の曲でいつも心掛けている要素です。三味線の他に二胡という中国の伝統楽器を取り入れました。あと、アメリカのリスナーは音楽を聴く時にビートから入るので、ビート作りは大事にしましたね。

―ミュージックビデオは、アジアの美を感じさせる壮大なビジュアルに仕上がっています。
“ボリュメトリックビデオ技術”を使った3D VFX映像で制作しました。昨年の4月に岸田元内閣総理大臣の訪米を歓迎する午餐会でニコンの徳成社長にお会いした時に「ボリュメトリックビデオ技術でミュージックビデオを作りませんか」とご提案いただいて、全面協力の下、ニコンのスタジオで撮影して頂きました。

ニコンのボリュメトリックスタジオにてミュージックビデオの撮影風景

―映画の主題歌や企業とのコラボレーションなど、自然と導かれて制作が実現したのですね。
そうですね。タイアップやミュージックビデオの話がなかったら、グラミーもエントリーしていなかったと思います。

―前回のグラミー賞ノミネート時は、ご自身で積極的にロビー活動をされたお話を伺いました。過去の記事今回は、ノミネートに向けて特別な取り組みはされましたか?
率先してパーティーに参加するとかはそこまでしなかったですね。一度受賞すると、投票する側の記憶にも残って知名度が上がるようで。2年連続してグラミーを受賞する人はやっぱり多いですよ。

―授賞式を控え、今のお気持ちはいかがですか?
ソロとしてのグラミーの挑戦はこれで最後にしようかなと思っています。昨年、M-1グランプリで大会史上初の二連覇を果たした令和ロマンが「もう出たくない」とおっしゃっていたのがすごい共感できて。だって、めちゃくちゃしんどいですもん。特に僕なんかは、メジャーのレコード会社が役割分担して宣伝活動するところを、全部自分でやらなければいけないので。今回のグラミーは日本のアーティストのエントリー数がものすごく増えたので、これからは道を譲っていかないと、というのもあります。

GRAMMY.com

―日本のアーティストのエントリーが増えたのは、少なくとも宅見さんの受賞が影響しているのでは?
そうだといいですよね。最近のザ・レコーディング・アカデミーの記事では「2025年はJ-POPが世界的ブームに」と題して日本のアーティストが取り上げられていますし、日本の音楽シーンが世界に飛び立つ時代が来ているなと感じます。

―どのような日本の音楽ジャンルが海外に受け入れやすいと思いますか?
シティポップがアメリカで人気があるのは、先ほども言ったように“ビートが強い”ことが一つの理由だと思います。テンポ感やキック、スネアなど。そして、独特の洗練されたサウンドや多国籍感のある音楽要素も好まれている部分だと思います。

全米ビルボード誌のシングル部門の1位に輝いた

―日本の音楽を海外に届けるためのポイントは?
曲タイトルを考察した方が良いと思います。例えば『上を向いて歩こう』は海外だと『Sukiyaki』というタイトルですよね。僕がロサンゼルスに住んでいる時、アメリカ人が知っている日本語のワードをリサーチしたんですけど“ダイジョウブ”という言葉はみんな知っていました。Styxの『Mr. Roboto』にある“ドウモアリガト、ミスターロボット“という歌詞も、アメリカ人からの認知度は高いです。

―リブランドが大事なんですね。
そうですね。例えば「ナイトメア」という日本のビジュアル系バンドが「仙台貨物」というバンド名でコミックバンドとしても活動していましたよね。そういった、ちょっと違う目線で取り組むのも良いと思います。

“世界に日本を知ってもらう”ことを意識して名付けられたアルバム『Sakura』Masa Takumi

―今後の音楽マーケット全体の動きについては?
AI技術が進化していることから、エレベーター・ミュージックと呼ばれるようなBGMの仕事は無くなっていくのではないかと予想します。ただ、このAI技術が進む一方で、プロの手によって作られた音楽なのかどうか、というのも非常に重要視される世の中になるかと思います。

―今後の展望についてお聞かせください。
実は今、音楽家を応援する新規プロジェクトの準備をしています。日本の音楽家が海外に出て行きやすいような、世界を目指すアーティストのためのプラットフォームを作りたくて。あと、4月には本を出版する予定です。英語も話せなかった自分がグラミーを目標に3年間という期限を決めてロサンゼルスに移住して、ここまでやってきた経験を振り返りながら、過去の自分に伝えたいメッセージを詰め込みました。

―そういったアイデアは、どこで生まれるのですか?
道を歩いている時が多いですね。歩いている時って、アイデアがすごい浮かんでくるんです。その度にケータイにメモして。なので、車は運転しなくなりました。あとは、色んな人から「もっとテレビ出たら?」とか「本でも書いたら?」とか色々と言われますね。

「今もアメリカに住んでいると思われがちですが、日本在住です」と笑いながら、在米時の辛い経験や日本を拠点にすることの意義について語る宅見さん

―指導者側に立つことは、いつ頃から考えていたのですか?
音楽を始めた当初から、いずれは学校やセミナーのような教える立場になりたいという青写真を描いていました。強く願ってその夢が叶い、ドアが開けばそこから想像もしないことが起こり出す。人生は、何が起きるか分からない不思議なアドベンチャーです。夢を持っている人達の背中を押せるようなことをしていきたいですね。

アワード文化が根付いているアメリカにおいて“グラミー賞受賞”という成果は、個人のキャリアの幅を大きく広げる勲章。それだけではなく、業界全体のモチベーションを高めて次世代に影響を与えているのも事実。世界を舞台に活躍する宅見さんの今後の活動に期待が高まる。

《宅見将典 (Masa Takumi)》
大阪府在住の作編曲家/マルチ・インストゥルメンタル・アーティスト。13歳のときに出会ったX JAPANのYOSHIKIに影響を受けてバンドを始め、2000年にバンド・sirenを結成しメジャーデビュー。バンド脱退後は作編曲家、マルチ・インストゥルメンタル・アーティストとして活動し、EXILE、DA PAMP、AAA、PKCZ、私立恵比寿中学などに楽曲を提供。「日本レコード大賞」優秀作品賞では二度の受賞歴をもつ。2023年にはアルバム「Sakura」が第65回グラミー賞「最優秀グローバル・ミュージック・アルバム」を受賞。

Instagram:@masa_takumi

Written by Megumi Hamura